下積み時代に身につけた
大人を見分ける嗅覚
――声優として1年目から『弱虫ペダル』の小野田坂道役で主役を演じられていた山下さんですが、下積み時代ってあったんでしょうか?
山下:僕の場合は、ちょっと特殊なんですが、日ナレに通っているときに、声優のバラエティ番組で、声優の卵を育てるという枠のオーディションに合格しまして。
まだ事務所も決まっていない段階で、学生ながらにそこで擬似的な仕事に近い体験を結構させていただきました。
――そこではどんなお仕事をなさっていたんでしょうか?
山下:声優さんのラジオ番組でアシスタントをしたり、番組と提携していたメーカーさんのサービスの公式盛り上げ隊的な動き方をしたり、フェスの手伝いをしたり。
いろいろなPR活動や、ADなんかもやらせていただいて……実際に声の仕事はあんまりなかったんですが(笑)。
――え、声の仕事はなかったんですか!? 「ちょっと話が違うぞ?」とはならなかったんですか?(笑)
山下:便利屋さんみたいな感じで本当にいろいろな活動していたので、「自分の夢と違うことをやっているけど、これは大丈夫なのか」って。ただ「こういうサポートの仕事も、ものづくりを全体として見た時に、すごく大事なんだ」というのは思いましたね。
あとは、ちょっとした悔しさとか、若手っぽい扱いを受けたときの気持ちをバネにもできたというか。
――例えば、悔しさを感じた出来事で覚えているものはありますか?
山下:いろいろな声優さんやスタッフさんが参加する飲み会に参加させてもらったときに、当時は、自分が一番の若手。そうすると、周りの大人たちは「今は君が下っ端なんだから、目を配って動かなきゃだめだよ」と言ってくるんですよね。
僕はそれがすごく嫌で。せっかく色々な人が集まっている場で、声優・演者としてこの場にいたいのに「なんでそんなことをしなければいけないんだろう」って思って。
――それは、嫌ですね。
山下:でもその時に、救いの手を差し伸べてくれたのが山口勝平さんだったんです。周りの人がそうやって役割を押し付けてくるなか、勝平さんだけは「そんなことしなくていいから、ここに座って好きなの頼んで」と。
座ったら、「どういうアニメが好きなの?」「どんなキャラやりたいの?」って、同じ目線で話をしてくれて。その時、「僕もこういう大人になりたい」って感じましたね。
――すごく素敵ですね。レッテルではなく、ちゃんと人を見てくれているというか。
山下:そうなんですよ。僕も、人と会話がしたくてその場に行っていたから、勝平さんが人間同士で会話をしてくれたことに、すごく救われて。「人と人とのコミュニケーションって、こういうことなんだ」と思いましたね。
――そういう出会いを考えると、下積みの日々もあながちただの便利屋時代というわけではないですね(笑)。
山下:そうですね(笑)。良くも悪くも学生ながらに「社会にはいろいろな大人がいる」ということを知れたことは、すごくいい経験をさせてもらったと思います。
やっぱり中には、仕事をする上であまり近づかないほうがいい人もいて「こういう人は信じていいけど、こういう人はあんまり信用しちゃいけないな」という嗅覚は、そのときにめちゃくちゃ磨かれました。
――どんなふうに嗅ぎ分けるんですか?
山下:それは、本当に自分のことを思って言ってくれているのかどうかですよね。大きな会社同士の共同プロジェクトだったので、本当にいろいろなところで板挟みになるようなことも多かったんです。でも、その時に会社や人の間に入って、すごく親身に僕のことを考えてくれる方がいて、すごくそれに守られている感じがしたんですよ。
その人がいなかったら当時、色々なことを頑張れなかったかもしれない。それくらい頼りになる方でした。今考えれば、その人と出会うためにやっていたんじゃないかと思えるくらい。その人とは今でも仲良く、仕事もさせていただいていて、オファーがあれば、積極的に力になりたいと思える関係です。
取材・文/郡司 しう 撮影/小川 伸晃