創刊40周年を迎えるスポーツ総合雑誌『Sports Graphic Number』のバックナンバーから、
球団ごとの名試合、名シーンを書き綴った記事を復刻。2020年シーズンはどんな名勝負がみられるのか。
2000年巨人日本一
長嶋茂雄vs.王貞治「3」対「89」の意味するもの。
text by Osamu Nagatani
「今の時代に連覇を果たすことがいかに難しいものか、我々はわかっているだけに、王監督には敬意を表したい。巨人の時代からONというのは、特別なものがあるのです」
巨人・長嶋茂雄監督は、対戦相手にダイエー・王貞治監督が決まった時、こう言って歓迎の意を示した。そして、1カ月後の10月28日、4勝2敗でダイエーを制して、日本一に、巨人は輝いた。世間では長嶋が勝って、王が負けたという受け取られ方をすることだろう。
「勝負の世界は、どちらかが勝って、どちらかが負ける、だからと言って、自分たちが築き上げてきたことが、崩れるわけではないのです。やるのは選手なのですから」
王監督はこう言って、シリーズ前から選手を前面に押し出すようにした。20世紀最後の日本シリーズに、ON対決を夢見ていたファンは多かった。巨人は多額の費用をつぎ込んで戦カを補強し、監督自らが背番号を「3」に戻して、チームの先頭に立つ決意を表した。長嶋監督はその背番号「3」をいつ見せるのか。今年の春季キャンプ、マスコミは長嶋監督を追いかけた。そんな動きを冷静に見つめていた王監督は、「背番号『3』を見せるか見せないかで大騒ぎが出来るなんて、日本は平和だなあ」と言い放ったのだ。そんな王監督に、「王監督は背番号を『1』にしないのですか」とたずねると、きっぱりと「ダイエーの監督としての背番号は『89』なんだよ」と答えた。
清原和博、松井秀喜、マルティネス、上原浩治などに加え、新戦力である江藤智、工藤公康、ダレル・メイなど、名だたるスター軍団をまとめるには、20世紀最大のスーパースターが持つカリスマ性の象徴である背番号「3」の輝きが必要だったのかもしれない。
一方の王監督は、常に手作りでのチーム編成を強いられた。昨年は永井智浩、星野順治、篠原貴行ら、2年目の投手を工藤公康(現巨人)や秋山幸二の優勝経験者が支えての優勝だった。だが、今年の優勝は、若手の成長に目を向けながら、渡辺正和、古田修司、長富浩志らベテランの中継ぎを頼りに、やりくりで掴んだ優勝だった。王監督は、白らの現役時代の偉業を知らない選手を使うには、選手たちのなかへ、自らが入っていって我慢するしかなかったのだ。だから、今シリーズは、背番号「3」と背番号「1」ではなく、「89」との戦いであると言った。
ダイエーは、昨年の日本シリーズの起爆剤となったベテランの秋山の一番起用が当然ながら予想されたが、これに頑として反対したのは、王監督自身であった。
「俺たちが勝って来たシーズン中の戦い方をするのが、選手を信頼することになるのではないか」と言って、一番柴原洋から始まり、大道典良、小久保裕紀、松中信彦でクリーンナップを形成するオーダーを組んだのであった。ただ、DHのない緒戦は、二番村松有人に代えて、鳥越裕介を入れただけなのだ。
第1戦、1対3でダイエーがリードされている5回、ここまでを3点に抑えた先発・若田部健一をあっさり交代させ、渡辺正、田之上慶三郎、吉田とつないでいった。2桁勝利を挙げている先発投手が2入いる巨人投手陣では、3失点での交代は勇気のいることなのだが、王監督は平然と代えて、打線の反撃を待ったのだ。
「他からどう思われようが、これがうちのパターンなんですよ。シーズンと同じ戦い方をしているだけですよ」と言い切った。それは、巨人という巨大戦力に対して、「いつもどおりの戦いをすれば、対等に戦える」という監督の意識の表れだったのではないか。
「奇襲とか変化とかは、弱いチームのやること。少なくとも、うちは昨年の日本一のチームなんです」
4年ぶり優勝の巨人とは違って、昨年の日本シリーズ経験者らしい試合運びであった。
第2戦も、先発が降板すると中継ぎでしのぐダイエーの勝ちパターンが続く。だが、王監督は自らのチームの綻びに、この時点で気づいていた。
「本来は、先発―完投という形が理想なんです。でもチームの事情でやりくりをしなければならないのです。破綻は覚悟です」
それはシーズン2桁勝利を挙げた投手が一人もいない台所事情の厳しさを象徴していた。
王監督は現役時代から理路整然と分析するそのバッティング理論には定評があった。選手を見るときの判断材料として、背筋がきちんと伸びているか、そして、構えたときに爪先加重になっているかを挙げている。時として見られる早目の投手交代は、打者の目から見た危機判断によって導き出されたものではないだろうか。