ターニャのお芝居でしか味わえない快感

――悠木さんのなかで、思い出深いシーンや印象的なシーンはありますか?
悠木:第5話『はじまりの大隊』……かな。
この話は唯一、ターニャが自分の幼女としての容姿や声を利用して、作戦を進めるシーンがあるんです。というのは、ターニャが宣戦布告をするんですが、敵国側は「子供がふざけて言ってるだけだ」と受け取って、それが本物の宣戦布告だとは思わない。
だけど、帝国側はそれを利用して本当に攻撃をする、という。このシーンは視聴者さんからの反響や反応も多くて、私自身にとってもすごく印象的なシーンの一つになっています。

©カルロ・ゼン・KADOKAWA刊/幼女戦記製作委員会
――確かに、あの宣戦布告からエンディングの流れは観ていてずっと鳥肌が立ってました。
悠木:ですよね(笑)。
あとは、特定のシーンではないですけど、ターニャと上層部とのやりとり。
ターニャは本当は戦わずに安全な後方勤務がしたいと思っているんですけど、責任感が強すぎて任された任務をまっとうしてしまう彼女(彼?)の性質があって。
「後方勤務がしたい」と言いかけると、上層部にどんと圧をかけられてまた戦場に逆戻り、それがどんどん危ない作戦になっていくわけなんですが、最終話に近づくにつれてそのやりとりも緊張感がものすごく増してくるんですよ。
そのシーンでの先輩方の演技がすごすぎて、怒鳴ってないのに有無を言わさない声の圧みたいなものが伝わってくるんですよ。お芝居だってわかっているのに、そのシーンを収録するときは、心拍数がハンパなく上がっていたのを覚えています。

――お芝居だとわかっていても、その言葉と雰囲気に飲み込まれてしまうんですね。
悠木:全然「ターニャだから」とか関係なくて、人間の生理現象として、誰でも「はい」としか言えなくなると思います。そのくらい、本物の威圧感(笑)。
しかも、優しくて和やかな先輩方に、あの怖い引き出しがあるということが、何よりすごすぎて脳から離れませんよね(笑)。
――悠木さんにとって、ターニャはどんな存在でしょうか?
悠木:いちばんは、ターニャって「演じるのがすごく楽しみなキャラクター」なんですよね。本人は策略をこれでもかというくらい練りに練ってはいくんですけど、最終的には「なんでこうなった?!」という状況に陥ってしまう。一種のブラックコメディ的なカタルシスがあって、それはほかの作品ではなかなか味わえない感覚だと思います。

©カルロ・ゼン・KADOKAWA刊/幼女戦記製作委員会
少しずつ積み上げていったものを突き崩す瞬間の楽しさ。それがすごく大きなキャラクターなので、演じるたびにターニャでしか味わえない快感に近いものを感じています。それがかなり鮮烈なのか、ターニャを演じている日々は後々になっても「そういえばあんな日常だったな」と記憶に焼き付いているんですよね。
『幼女戦記』も続編の放映が決まっている作品なので、私も新たに収録をするのが楽しみですし、ぜひこれまでのファンの方々も、これから観てくださる方も楽しみに待っていていただけたらなと思います。