創刊40周年を迎えるスポーツ総合雑誌『Sports Graphic Number』のバックナンバーから、
球団ごとの名試合、名シーンを書き綴った記事を復刻。2020年シーズンはどんな名勝負がみられるのか。
2000年巨人日本一
長嶋茂雄vs.王貞治「3」対「89」の意味するもの。
一方、長嶋監督ほど、フィーリングを大事にする人も珍しい。そんな監督の感性が出たのは、第3戦であった。連敗直後の福岡ドーム、負けたら後がなくなる巨人は動いた。コーチ会議では、1、2戦に全く当たりの出ていなかった高橋由伸のスタメン落ちが進言されたが、長嶋監督の選択は高橋由ではなく江藤のスタメン落ちだった。日本シリーズ経験では同じような2人だが、高橋由の振りにはいいフィーリングを感じ、江藤の振りに勢いがないと感じたのかもしれないのだ。長嶋監督が現役時代によく言っていた言葉で「自分が思い切りよくスイング出来るところが、ストライクゾーン」というのがあったが、監督自身の判断には、誰にも口出しできない感性が残されているのだ。その結果、「あの1本が出たことで気が楽になった」と高橋由が後で振り返る先制の2ランを含む3安打を放ち第5戦でのホームランにもつながった。
「江藤でも高橋由でもどちらでもいいと思うけれど、監督には我々にはわからない根拠があるのだろうね」とバッティング投手の一人は言う。そういえば、レフトの守備がために第3、4戦は堀田一郎を使ったが、第5戦では、斉藤宜之に代えたのを見ても、監督だけが理解できるフィーリングが出ていたのではないだろうか。
変則日程で行なわれた今年の日本シリーズ。巨人は豊富な人材をパズルのように順序良く当てはめていけばよかったという。
「工藤、メイ、上原、斎藤雅樹は初めから決めて、言い渡していました。ただ、王手を掛けられていたとき以外は高橋尚成の第5戦も考えていたのです」と、投手起用について、長嶋監督はのちに吐露している。
一方のダイエーの先発は誰になるのか。同一チームと7試合も戦わなくてはいけない日本シリーズの場合、第2戦が終わった次の移動日が、戦前までに集めたデータと、戦ってみてのスコアラー分析をすりよせる軌道修正の場になる。だが、今回のように、移動日なしで第3戦まで消化した場合、1戦分、余計にデータ分析ができることになるのだ。そのため「できるだけデータの少ない投手を先発させたほうが有利。3度日の登板だが、結果を出している田之上の方を第4戦に先発させ、もし負けても若田部が残っているという形がいい」というコーチ会議の意見を監督は黙って聞いた。「シーズンから一緒に戦ってきた」という仲問意識が、王監督に意見を採り入れさせたのではなかっただろうか。
第4戦は両先発投手のしのぎ合いとなった。ここで第3戦でスタメンをはずされ、「2日間の休みが白分を追い詰めて、開き直れた」という江藤が奮起し、その後の第4、5戦での本塁打にもつながった。長嶋監督が、第3戦で江藤をはずしたのが生きたのは、同じ三塁手としての目によるものだろう。
王監督が、小久保がわき腹をいためたときにしみじみと言った言葉を思い出す。「誰でも簡単にスタメンをはずせるのは羨ましいね。うちはやりくりするしかない」。小久保に代わる戦力がいなかったダイエーの苦しさと、平気で江藤をスタメンからはずせた巨人の選手層の厚さの違いが、連戦が続くにつれて如実に現れ、加えて、斎藤雅、高橋尚のようなパ・リーグにいないタイプの投手に初めて対戦する戸惑いが、バッターのリズムを狂わした。
「戦力の分厚さ?それは最初からわかっている」と現役時代と同様に我慢強く、職力差に愚痴を言わない王監督とは対照的に、長嶋監督は「打つべき人が打ってくれたからね」と、豊富な人羽を上手に配置しての勝利に満足そのものだった。
それにしても、たたみかけたときの巨人・長嶋監督の采配はよく当たる。エンドランに盗塁とやりたい放題であった。一方のダイエーが走者を出したとき、突破口として盗塁を多用したのとは、大きく異なっていた。
緒戦、槙原寛己復帰のシナリオを書き損なった長嶋監督。日本一を決めた第6戦で、平松一宏、岡島秀樹とさりげなくつないで、世代交代を図ろうとしていた。そして9回二死、王監督が、最後に出たいという小久保を制して、ニエベスを送ったのは、彼の今後の選手生命を考えてのことであった。
「ON対決と騒がれていたけれど、当人同士はそんなに感じてはいないんだよ。現役の時の実績で言われる時代ではないからね」と言った王監督は、長嶋監督の持つ物量作戦の前に敗れ去った。いつの日か、長嶋の上に立つためにと、現役時代、数字の上で練磨した男には、過酷な結果になったような気がする。
終了後、背筋を伸ばして、表彰される長嶋監督に拍手を送った王監督は美しく、ペナントを手にする長嶋監督は輝いていた。
全ての表彰が終わり、誰に言われるでもなくライトスタンドに手を振りながら走って行った巨人ナイン、そして、それを見守る長嶋監督。そのとき、王監督はナインにこう言った。
「その場でいいからレフトスタンドに手を振ろう」
何か2人のチーム作りを象徴する20世紀最後のエンディングだった。