創刊40周年を迎えるスポーツ総合雑誌『Sports Graphic Number』のバックナンバーから、
球団ごとの名試合、名シーンを書き綴った記事を復刻。2020年シーズンはどんな名勝負がみられるのか。
2005年ロッテ 日本一
ロッテ4連勝 「ボビーマジックの正体」
text by Tamaki Abe
これほど完璧な日本シリーズの「スイープ」は過去に見たことがない。10点取って圧勝した3試合はもちろん、1点差の接戦になった第4試合さえ、追い詰められてあえぐといった感じは一度もなかった。タイガースのコンディションの悪さを差し引いても、マリーンズの勝利はけちのつけようのないものだったといえる。
マリーンズの日本一が決まって、1000人あまりのファンからボビー・バレンタイン監督への「ボビーコール」がはじまった時、甲子園では、その声に唱和するタイガースのファンが少なからずいた。ほかならぬ甲子園だけに、ちょっと驚かされたが、タイガースの完敗によるやけくその唱和ではなく、パーフェクトな野球を見せてくれたチームへの素直な感謝と受け取りたい。
パ・リーグのプレーオフがはじまる前、バレンタイン監督に話を聞くことができた。プレーオフを勝ち進めば日本シリーズではタイガースと顔を合わせる。その相手にどんな印象を持ち、どんな対策を練っているのか。
「タイガースのことはまったく考えていない。プレーオフを戦い抜くことしか頭にないんだ」
こちらの質間はそう一蹴されてしまったが、その答えがとんだ「三味線」だったことはシリーズの戦い方を見ればあきらかだ。バレンタインとチームスタッフは、タイガースの選手の鼻毛の一本まで分析し尽くし、その傾向を選手に叩き込んだ。専門家の多くが驚嘆した追い込まれたカウントでの打者の変化球の見極め、相手打者の打球の傾向を把握した守備位置の変更など、研究の成果をあげればきりがない。
シリーズ優勝後の共同会見で、バレンタインは「これ以上ないというプレーをしてくれた選手」と同じくらいの感謝を、「準備をよくやってくれたスコアラーをはじめとするスタッフ」にささげていた。やはり準備は抜かりなかったのだ。
バレンタインの采配は、「ボビーマジック」などと呼ばれる。だが、日によって大きく変る打順や、守備位置の変更、意表を突く強攻策などは、よく見れば、詳細なデータ分析からオートマチックに導き出される戦術で、マジックどころかドラスティックな確率論、成果主義とさえいえる。
もし、マジックがあるとすれば、そうやって導き出された戦術を、選手たちがまったくためらいなく、自信を持って実行している点ではないだろうか。
1995年、バレンタインは、マリーンズの監督に就任し、チームを久々の2位に導いた。そのシーズンの終盤の戦いぶりから、当時の主力だった選手たちは、「翌年はかならず優勝する」と思ったという。伊良部秀輝、小宮山悟という当時の主力が、それぞれ別の機会に語ってくれたのだから、その確信はチーム全体のものだったろう。だが、バレンタインは1年限りでユニフォームを脱ぎ、それはかなわなかった。
去年、9年ぶりに復帰したバレンタインは、プレーオフ進出を争うところまでチームを持っていった。その戦いぶりが、今年の躍進の背景になっている。
「誰かひとりに頼るのではなく、全体が信頼しあって戦うチーム」
バレンタインは今年のマリーンズをそう要約したが、そのチーム像を1年かかって選手に植付け、今年花開かせたのだ。
投手陣の柱のひとり、渡辺俊介は、「チームが勝ちながら強くなっているのをはじめて感じた」と、少し驚いたようにふり返ったが、30年間優勝から遠ざかっていたチームが、日本一を奪い取る戦いの中で、日々、強くなっていくことを実感する。このわくわくするような成長の感触を、チームに与えたことこそが、ボビーマジックの正体なのだ。
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