創刊40周年を迎えるスポーツ総合雑誌『Sports Graphic Number』のバックナンバーから、
球団ごとの名試合、名シーンを書き綴った記事を復刻。2020年シーズンはどんな名勝負がみられるのか。
1985年阪神 日本一
いまここに甦り!猛虎魂。
文 村山 実
苦しかった。タイガースを愛する者の一人として、たとえ野にあっても、思いは同じである。20年間も、栄光から見放されていた屈辱……。私はテレビや新聞の解説で、あえて阪神につらくあたった。すると熱心な阪神ファンから「おまえは巨人のひいきをして阪神に冷たいではないか!」とかなりのクレームがついた。
誰がタイガースよりも巨人が好きだ……なんて思っているものか。タイガースは、私にとって血であり肉であり生命だ。掛布や岡田、中田、中西、池田、佐野、北村、吉竹……、みんなわが後輩であり、わが子のようなものである。
わが子なりゃこそ、厳しいこともいうのだ。他人サマの子供だからこそ、平気でほめられるのである。この心理は、今季、チームの指揮をとり、慎重に、かつ、選手に厳しく注文をつけていった。吉田監督も、まったく同じだったと思う。
今年のタイガースを、私はシーズン当初、3位と予想した。あまりにも戦力面で投手力に不安があったからである。安芸キャンプを取材したとき、吉田監督から「若手投手陣をちょっと見て欲しい」といわれた。世間では〝意外〟と受けとったようだが、いわゆるチームー丸となるには、本社、フロント、現場、そしてOBも含めてのチームワークなのだと吉田さんはいう。これこそ「土台づくり」の原点であろう。
私は意気に感じた。と同時に、実際に若手投手陣を見て、こりゃあ米田コーチは苦労するぞ……と思った。実際、このピッチングスタッフでは、ペナント・レースの荒海を乗り切るには、あまりにも柱が細すぎた。
それを支えたのは、山本ー中西のダプル・ストッパーである。ベテランと若手をかみ合わせたリーグ唯一の左右ストッパー・システムは、首脳陣の苦肉の策から生まれたとはいえ、最大のヒットだった。
また、不調なものを惜し気もなく二軍に落とし、逆に好調なものはルーキーでも大胆に登用していった。その新陳代謝こそ、弱体といわれた投手陣に、一本の太い精神注人棒の役をはたした。カンフル剤を常に投与し続けたベンチの苦労も忘れてはならない。
バースと岡田……。なるほどこの2人はよく打った。無条件である。だが、私は、その2人にサンドイッチ状にはさまれて、黙々と働いた掛布雅之に、黒光りする、〝タイガース魂〟の血脈を見る思いがした。あまりにも、シーズン途中に前後の2入が派手に打つために、〝四番打者〟掛布の存在感が希薄になっていった。夏場から9月中旬にかけて、いわゆるペナントの、〝心臓破りの丘〟の段階にかかって、掛布にチャンスが回ると、スタンドはタメ白まじりだった。強烈なカケフ・コールに、それはかき消されていたが、チャンスに弱い……という思いが、ファンの意識の底に漂っていたのだ。
背中にそれをうけながら、終盤のホームストレッチにかかって、掛布は俄然、自ら、〝主役〟の座を捨てた。脇役に徹したのだ。
つまり、強引にホームランをねらわず、進塁打、効率のいいヒツト、そして、出塁する(四球)ことを心がけている。えてして、派手なホームランが目立った今年のタイガースだが、ここぞというときの掛布の、〝身を捨てた打席〟に、私は、彼の胸のなかの炎を感じたのである。
「とにかくボクは、優勝してみたいんですよ……」
昭和11年、タイガースはうぶ声をあげて以来、巨人のライバルとして球史を飾った。洲崎の3連戦で、巨人・沢村の前に牛耳られたタイガース打線は、景浦、松木、藤村ら、伝説を生んだ猛者たちが、日本プロ野球史上、初めての〝特訓〟をやり、翌年、沢村をこっぱみじんに打ちくだくのである。
以来、タイガースの歴史は、殴られたら殴りかえす! この、男たちの哲学が支配した。
藤村富美男さんにあこがれ、甲子園にあこがれた多くの若者と同じように、私がタイガースに入り初めてマウンドを踏んだのは、昭和34年3月2日、そのミスター・タイガース藤村富美男さんの引退記念試合だった。初めて対した打者が川上哲治さん……このドラマチックな、〝出逢い〟こそ、タイガースへの未だに熱いノスタルジーの出発点だったのである。
幸せなことに、私は14年間のタイガースの生涯に、永久欠番、〝11〟をいただいた。
これは、いいかえると「村山実よ、タイガースを永久に忘れてはならぬ」ということであろう。いわれるまでもなく、忘れるわけはない。だが、私が引退してからもタイガースの苦難は続いた。江夏がいて、田淵がいて、彼らも志なかばにしてチームを去っていったのである。
何だか、プツンと音をたてて糸が切れていくような思いだった。やがて掛布が台頭した。岡出がデビューした。
そして、今、やっと長い遠い道に灯がともった。火をともしたのは、吉田監督を中心としたタイガースの戦士たちである。だが、ここまで、暗く苦しい道を、必死で支えてきた多くの男たちの歴史もまた忘れてはならない。タイガース魂を、血と汗で守り続けた男たちを……。私はいま、感激の渦のなかで、そのことを強く思う。わがタイガースの〝灯〟は再び燃えあがる。
タイガースよ、ありがとう、ありがとう。