創刊40周年を迎えるスポーツ総合雑誌『Sports Graphic Number』のバックナンバーから、
球団ごとの名試合、名シーンを書き綴った記事を復刻。2020年シーズンはどんな名勝負がみられるのか。
2011年ソフトバンク 日本一
秋山幸二 「寡黙な男の大いなる決断。」
text by Osamu Nagatani
一方、2試合連続敗戦投手となった馬原には、こう語りかけた。
「お前を外すことはない。与えられた仕事を頼む」
馬原は今季、秋山と同じく、母親を亡くしている。それだけに、馬原がシリーズにかける思いが特別なことを知っていた。
宿舎で行なった全員ミーティングでは、今季初めて口を開き、たったひと言、言った。
「開き直って、やるしかない」
そして迎えた第3戦。先発の攝津正から金澤健人、森福允彦と繋ぎ、ファルケンボーグが締めて、待望のシリーズ初勝利を挙げる。4番に座った小久保も2安打を放ち、存在感を示した。秋山は、裏方たちと勝利の握手をかわしながら、ポツリとつぶやいた。
「勝つことって、こんなに大変なことなんだ」
1つ勝って吹っ切れた第4戦は、小久保が先制打を放つ活躍を見せ、初回に2得点。先発・ホールトン、森福、そして今季初めてイニングをまたいで投げたファルケンボーグの力投で、連勝を果たす。
続く第5戦、先発した育成枠出身の山川大樹のリリーフとして起用したのは、前々日に先発し、110球を投げた攝津。「本人が、投げると言ってくれたから」と秋山は説明したが、選手の意気に応える采配だった。そして5点差をつけた9回に馬原を投入。敗戦のショックを和らげようという〝人情釆配〟も決まり、敵地で3連勝を飾った。
第6戦の決断も早かった。第1戦で好投した和田を1点ビハインドの5回85球で諦め、金澤ヘスイッチ。結果的に1-2で敗れてしまうが、王は「秋山監督の采配は間違っていない」と評価した。
「明日は総力戦、それだけ」と言って臨んだ最終戦。マウンドを託したのは、杉内だった。「とにかくスムーズに」と、秋山が祈るような思いで見守った立ち上がりを、杉内は三者凡退で抑える。そして先制点は3回、川﨑の押し出し四球によって生まれた。以前、チャンスで凡退した川崎に、秋山がこう声をかけたことがあった。「自分たちのチャンスに硬くなって、ピンチにしているよ。相手の方がもっと苦しいんだ」。この言葉を思い出して、粘って選んだ四球だった。
7回無失点の好投を演じた杉内の後を任せたファルケンボーグが9回に負傷退場すると、森福から、最後は攝津で締めくくった。意気に感じて投げる一番調子のいい投手を起用し、3-0での逃げ切り。苦しみつつ、見事、日本一を勝ち取ったのだ。そしてMVPは、第3戦から4番に起用し、自身の最年長記録を更新する40歳の小久保が獲得した。
秋山は、日本一のチームをこう賞賛する。
「長いシーズンを戦い抜いて、どこに出しても恥ずかしくないチームになった。苦しい中、少ないチャンスをモノにできたのが勝因です」
8度舞った胴上げ。リーグ2連覇のときも、クライマックスシリーズ制覇のときも決して泣かなかった秋山の目に、大粒の涙があった。周囲の期待が大きく、「勝って当たり前」といわれたチームの指揮を執る難しさ。万感の思いが湧く、いつもと違う涙であった。そして、しみじみ「疲れた」と漏らした。
99年の日本一のとき、当時の王監督に「4月に亡くなった根本陸夫球団社長が生きていたら、何と声をかけてくれたでしょうか」と訊ねたことがある。返ってきた答えは、「よくぞ、ボロチームをここまでにしてくれたね、と言ってくれると思うよ」だった。
そしていま、王に「秋山監督に声をかけるとしたら」と聞いた。すると王はこう言った。
「よくぞ、ここまで強いチームに仕上げてくれた。大したものだ」
寡黙にして鈍重、動かない男――。そう呼ばれてきた指揮官が、決戦の舞台で存分に動き、その真価を証明した。