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小山さんは、京都を「人生の学校」と称するほどの、大の京都好き。京都の大学で副学長を務め、老舗料亭の主人にも就任しています。1カ月の3分の1を京都で過ごす小山さんに、京都の魅力や、旅のお供・倉本さんのことなどについて伺いました。取材・構成 ライター加賀直樹

長崎編に続き第2回の「妄想ふたり旅」は、倉本さんを京都に「お招きする」形態となったのですね。
まず何よりも、倉本先生の身体に万が一のことがあれば大変です。感染リスクに対する配慮は最大限に行いました。道中、訪れる場所にも、制限や制約のあるなかでの取材になったと思います。ただ、そのわりには、前回(長崎編)にも劣らない、濃い内容になりました。倉本先生のお母さまが京都ご出身で、幼い頃、京都で過ごされた思い出をお持ちです。今回の旅は、自分の知る京都と、過去の京都を比べて旅したことが面白みに繋がったと思います。
今回、1泊2日、倉本さんと京都で過ごし、意外な発見はありましたか。
倉本先生は、僕が想像していた以上に、「祇園の達人」だった(笑)。いろいろ学ばせて頂きました。今回、最後の「妄想ストーリー」を紡ぐシーンでは、和ろうそくの灯りのなかで撮影したんです。それがきっかけで、和ろうそくの魅力を改めて認識しました。さっそく、和ろうそく20本、燭台を2つ、芯切ばさみを1つ買いました。
和ろうそくは、特に祇園文化を語るうえで欠かせないのですね。
そうですね。あとは、「時間を照らす」といいますか。和ろうそくの中で過ごす時間が心地良かった。そのなかでお酒を飲み、物思いに耽る。発想のお手伝いをする装置として、素晴らしいんだな、というのは改めて感じました。「閃きの潤滑油」。閃きを導いてくれる灯火、という感じがしました。
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倉本さんと京都で過ごした時間は、特別でしたか。
それはもう、宝物みたいな時間でした。僕が大学生の頃から倉本ファンで、同じ時間を過ごせるだけで幸せです。僕はテレビドラマ『昨日、悲別で』(1984年)で最初に倉本さんを好きになったんです。北海道の田舎から東京に出てきた若者たちの青春群像劇。ドラマの舞台が四ツ谷近くで、僕は当時、熊本から上京して、四ツ谷にあった文化放送でバイトしていましたから、自分を重ね合わせて観ていました。本当に大好きで、ドラマが終わった後に、架空の街「悲別」の町のモチーフとなった北海道・上砂川に、何度も行ったぐらいです。
對龍山荘(たいりゅうさんそう)、大徳寺真珠庵、倉本さん御用達の一澤帆布、そして祇園と、今回の旅で訪れたロケ地は、いずれも倉本さんに対する「おもてなし」の心で選ばれたのだろうと推察します。
ロケ地を選ぶにあたり、番組ロケでありつつ、「倉本先生がいかに楽しんでくださるか」ということが大切だと思って決めたんです。倉本先生が楽しめば、番組も面白くなる。そんな逆算のもとに考えていきました。いくつかコンセプトがあります。「倉本先生に紹介することで、物語の種が生まれるかも知れない場所」。「視聴者が情報として面白い場所」。あとは「純粋に僕が行きたい場所」。いくつかの要素を重ねて考え、バランスを見て選びました。
倉本さんと今回、一緒に過ごし、新たな発見はありましたか。
85歳になっても今なお、「恋」や「愛」を軸に物語をつくることができるのは、素晴らしいと思いました。「物語は、この女のために書きたくなる」とお話しされていました。「この女優に書きたい」「この子に書いてあげたい」。そういう思いでつくってきた、と。
「あて書き」ですね。
そうです。「あて書き」。断られることもあるらしいんですけど(笑)。
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天下の倉本先生を相手に、おそれ多い俳優さんがいたものですね(笑)。
80歳を過ぎてもなお、若い女優さんのことをウォッチしながら、「この子が良い」「この子のためにこんな物語を描きたい」という意欲があることに驚きました。僕なんか、あんまり興味ないんですよ、女優さん。ホント、芸能界のこと知らない。「この人が好きだから、この人のために書きたい」という感じのほどの人はいないんです。
番組では毎回最後に「妄想ストーリー」を組み立てます。今回の「妄想」はうまくできましたか。
じつは僕、番組でどんな妄想をしたのか、よく覚えていないんです(笑)。あの夜、何を話したのか……。旅で閃いたことを語ったんですけど。庭師が登場した記憶があります。そこに、倉本先生が、南禅寺の對龍山荘を訪れた際におっしゃっていた、「人間は頭で考えるけれど、木は脳みそが地下にあり、魂は根っこにある」という話を盛り込んだ気がします。僕はその言葉がすごく面白いなと思ったんです。
小山さんにとって京都は「第二の故郷」であり、「心の洗濯をしに来る場所」と、他媒体のインタビューで拝読しました。大学でも副学長を務め、人生の多くを京都で過ごしておられます。なぜ、全国津々浦々の町のなかで京都を選ばれたのでしょうか。京都を軸足に何をしていくのでしょうか。
ふとしたことから京都の料亭の経営をやらなければいけなくなり、京都に月のうちの1週間ぐらい暮らすようになって、京都は「人生の学校だな」と思うことがじつに多くあります。学びが多いんです。東京にいては学べない生き方、あとは、モノを見る教養。そういうものに溢れています。京都にいると、暮らしを豊かにする学びに溢れているんですよね。僕はまだよく分からない世界ですが、花を活けることのなかに、審美眼が磨かれる。そんな審美眼が身に染みついている人が周囲にとにかく多い。教養のある人が多いんです。
日本の文化に興味がますます湧くようになりました。たとえば「お茶のことをもっと勉強してみよう」と思うようになると、今度は器を愛でる喜びを知りたくなる。「和」に触れる楽しさを、京都に暮らすことによって教えて頂いています。
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時間の流れについても、概念が変わった、とおっしゃっていますね。
モノを見る時の、「物差し」の長さがあまりに違い過ぎるんです。東京にいると、「今」「直近」のことしか考えない。ところが、京都では、遥か過去や未来に思いを馳せます。「物差し」が長くなっていく。その長大な歴史のなかの一部分に、自分が生きているんだ、ということを感じるようになりました。
番組の放映は大晦日の夕方です。未曾有の1年を締め括り、視聴者に伝えたいことは。
多くの犠牲者を出しているコロナ禍は、僕たちが足元を見つめ直す警鐘である気がしています。神様が僕らの移動を止めさせ、「フラフラするんじゃない、自分の暮らしている場所をもう1度見つめ直せ」と。「根っこ」を見つめ直す機会となったように思います。図らずも、倉本先生のメッセージには、「根っこ」という言葉がありました。この未曾有の1年の締め括りにこそ心に留めたい、足元を見つめ直す契機にしてくだされば、と思います。

小山薫堂
京都おすすめスポット3連発

またいつか、自由気ままに旅ができるようになった日のために、「京都通」の小山薫堂さんに、
おすすめスポットを3つ推薦していただきました。

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京都一周トレイル

薫堂さんコメント山に囲まれた京都の「なかなかハード」な自然を巡るコースです。僕のお薦めは、蹴上から銀閣寺までの道。友達を連れて行ったんですけど。びっくりするぐらい険しい!(笑)まるで「崖を上る」ような感じの、足を滑らせたら大変な道が続きます。京都の街並みから、ほんのちょっと歩いただけで広がる大自然に、驚かされます。

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山城温泉

薫堂さんコメント「トレイル」で汗をかいた後には、銭湯に入るんです。水風呂がすごく良い!10度以下、ひとケタの水風呂「シングル」で、露天風呂ブースに水風呂が併設されているんです。だから、空を眺めながら温かい湯とキンキンの水風呂に、交互に入れるようになっていて、これがすごく気持ち良いんです。

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洋食おがた

薫堂さんコメント京都の街は、じつは洋食が美味しいんですよ。僕がよく行くこちらは、京都市役所の近く。「カレーナポリタン薫堂風」というメニューがあるんです(笑)。僕がわがままを言ってつくってもらったメニューで。ナポリタンにカレーをかけて食べるんです。ハンバーグも美味しいですし、ビーフカツも絶品。ちょっとした、おつまみも充実しています。熊本出身の僕にとって、馬刺しがあるのは嬉しい限りです。

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倉本さんのお母さまは、ここ京都・東山のご出身で、幼少の頃からたびたび訪れる機会があったそうです。数々の倉本作品でも舞台となった古都の街並み。幼き頃の記憶や、この街にまつわる思い出などについて、倉本さんにお話を伺いました。取材・構成 ライター加賀直樹

倉本さんにとって「第二の故郷」でもある、京都の旅は、いかがでしたか。
とても楽しかったですよ。今年はこのような事態で、ほとんど北海道から出ないで籠っていましたから。万全の対策をとって頂いて、久々に訪問できて、懐かしかった。僕が一番行ってみたかったのが、子供の頃によく連れて行ってもらった銭湯でした。東山区宮川町の花街に近いところにある銭湯で、おふくろの実家がすぐそばだったんです。
僕が3、4歳の頃、おふくろに抱っこされて女湯に入るでしょ。午後3時頃に入ると、芸妓さんたちと鉢合わせするんです。女の人たちのなかで、小っちゃい僕が湯舟につかるから、目の前が真っ白なパルテノン宮殿みたいに、芸妓さんたちの足だらけに囲まれる。お白粉の匂いがして、それが怖くて……。そこから女性恐怖症が始まっちゃったんです(笑)。薫堂さんと今回、付近を散策できたのは、懐かしかった。
京都の街を過ぎゆく時間の流れは、ご出身の東京や、現在お住まいの北海道・富良野とも異なりそうです。
そうですね。ただ、ちょっと今回、昔と違っちゃって残念なのは、タバコを吸える場所がなくなっちゃったこと(笑)。でも、街を取り囲む自然や、お寺なんか全然変わっていない。懐かしかった。「やっぱり京都は良いなあ」と思いました。
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京都のお寺には、よく訪れるのでしょうか。
いちばん行くのは建仁寺。親戚のお墓があるので、お墓参りに寄っています。もう1つ、祇園の親しいお茶屋の女将が入るお寺にも行きます。僕にとって京都のお寺は、観光ではなく暮らしの延長にある。ただ、僕も高齢だから、どこかで墓じまいするんでしょうね。今回、「京都には、あと何回来られるのかな」と考え続けていました。僕にとって大事な問題です。
旅のお供、小山薫堂さんは、どんな方でしょうか。
薫堂さんにはいつも驚かされます。常にサプライズを用意する人。今回も、或るプランを用意してくれました。彼は、僕らがモノをつくる時の「パッション」の大本は何か、ということを、非常によくご存知の方です。ひとを喜ばせ、感動させるのが僕たちの仕事。それを、いつも見せつけられるんで、驚かされますよ。
倉本さんは、京都を舞台にした作品を多数発表していますね。
作品として記憶に強く残っているのは、八千草薫さん主演の日曜劇場『おりょう』(1971年)というテレビドラマ。江戸期の祇園の話で、京都弁の台本を書いたんです。おふくろから何となく頭に入ってはいたんですけど、祇園の女将や芸妓さん、年配の人に尋ねてみたら、だいぶ言葉の違いがあった。言葉の変遷の重みを実感しました。あれから50年近く経って、僕は歳も歳なので、『やすらぎの郷』『やすらぎの刻〜道』(テレビ朝日系)で幕引きしようと思っていたんです。今はひたすら毎日、雪の富良野にこもって「点描画」を描いています。
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今回、小山薫堂さんと一緒に訪れた、名勝「對龍山荘」で、倉本さんは、精緻に整った庭園を前に、「人間は頭で考えて、木は脳みそが地下にある」という言葉を述べておられましたのが印象的です。その心が、「点描画」という表現手法にも生きているのかと推察します。
それはものすごくありますね。何で「点」で樹木を描き出すのか、と聞かれたから、僕、絵が下手だから、上手なフォルム、色彩を描けないんですよ。点で描くことは、木の細胞を描くこと。それから僕にとっては、長年携わってきたテレビの「画素」の世界。画素は、点で打っていけば、光の濃淡を出していく。
点を打っていると、いろんなことを頭のなかで考えるんです。人間って、上へ上へと向かいたがるでしょ。でも、いざトップに立ったら、風当たりばかり強くて、決して良いもんじゃない。人間は自分の身体のてっぺんに司令塔があるわけでしょう。でも、木の場合は違う。木の司令塔は根っこにあるんじゃないか。根っこから「そろそろ花を咲かせろ」「紅葉になれ」。いちばん重要な部分は根っこだという気がしているんです。
そういう目で見て木を描いていて、気になるのは「地衣類」です。苔とも違う。藻類と共生してつくっている、對龍山荘に「地衣類」のまとわりついた木がいっぱいあったんです。それがとても綺麗で、植木屋さんに「あまり取り除き過ぎてはダメです」って(笑)。お話しできて楽しかったですよ。
「地衣類」は、長い時を経て美しくなります。その後におふたりが訪れた、大徳寺の「百鬼夜行絵巻」も同様に、500年の時を経てなお鮮やかな色彩を帯びています。今回の旅で、ご自身の創作に、新たなインスピレーションを得たのでは。
いやいや、そんなにすぐに、一つの発想と作品が結びつくものではないですよ(笑)。でもいつか、今回京都で見たものが、脳みそで熟成されてくるかも、とは思いますね。
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それこそ、時間をかけてゆっくりお待ちします。番組は大晦日の夕方に全国放映される予定です。未曾有の1年の終わり、視聴者の方々に伝えたいことは。
異常な1年といえば異常でしたが、戦争を経験して育ち、飢えに慣らされた僕らにとっては、「幸せ過ぎると不安になる」という変な病気があるんです。「こんな良いことはいつまでも続くわけじゃない」と考える。今は、異常に豊か過ぎるでしょう。特に戦後の日本はゴールのないマラソンを走り過ぎちゃった。日本という「スーパーカー」は、前を進むことばかり考えて、付け忘れた部品があったんです。それはブレーキとバックギア。この2つの部品をしっかり付けた車にすることが、今後の我々にとって極めて大事なことだと思うんです。
猪突猛進型の社会から、脱却するのですね。
コロナを経て「戻る」べき場所は、バブルのような世界ではありません。「昔ながらの京都」であり、僕が住む「昔ながらの北海道」のような場所。今回、京都の旅で僕が安らぐことができたのは、まさにそこだと思うんですね。京都という街では、古いものがいっぱい手に入ります。煌びやかで、「イケズ」な人がいっぱいいて(笑)、それはそれで良い。そんな街で、こそこそ隙間を縫って生きていくことが、楽しい一生だという気がしています。
また新たな「倉本ワールド」を期待しています。
『やすらぎ』シリーズで最後にしようと思っていたんですけど、今は、看護師さんの話を描きたい。でも、大変ですよ。現状では取材すらできない。聖職だと思うんです。いつか時が来たら、医療従事者に対するエールを送りたい。そんな気持ちを強く抱いています。
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