二宮清純コラムオリンピック・パラリンピック 奇跡の物語
~ビヨンド・ザ・リミット~
2024年9月4日(水)更新
木村敬一、専門外の自由形で金
勝因はコースロープとの距離感
8月31日(現地時間)、パリ近郊のラ・デファンス・アリーナで行なわれた競泳男子50メートル自由形(視覚障害S11)で木村敬一選手が日本新記録の25秒98を出し、金メダルを獲得しました。
9個目のメダル
2008年大会から5大会連続でパラリンピックに出場している木村選手にとって、男子50メートル自由形での金メダルは9個目のメダルでした。
その内訳を見てみましょう。
2012年ロンドン大会
100m平泳ぎ(視覚障害SB11)銀メダル
100mバタフライ(視覚障害S11)銅メダル
2016年リオデジャネイロ大会
50m自由形(視覚障害S11)銀メダル
100m平泳ぎ(視覚障害SB11)銅メダル
100mバタフライ(視覚障害S11)銀メダル
100m自由形(視覚障害S11)銅メダル
2020年東京大会
100mバタフライ(視覚障害S11)金メダル
100m平泳ぎ(視覚障害SB11)銀メダル
2024年パリ大会
50m自由形(視覚障害S11)金メダル
今回、予選を全体4位の26秒74のタイムで通過した木村選手は、決勝ではスタートから飛ばしました。
6コースの木村選手は、5コースの華棟棟選手(中国)、7コースのウェンデル・ベラルミノペレイラ選手(ブラジル)とデッドヒートを繰り広げましたが、わずかにかわしました。
S11は全盲のクラスゆえ、掲示板の結果を確認することができません。棒で頭を叩くタッパーに金メダルを伝えられると、木村選手は右腕で水面をバシャバシャと叩き、喜びを表現しました。
レース後、木村選手は「ウォーミングアップの時点から最後のゴールタッチまで完璧にいったかなと思う」と勝因を語りました。
東京はバタフライで金
金メダルは前回の東京大会の100mバタフライ(視覚障害S11)に次いで2個目。やはり金メダルには特別の思い入れがあるようです。東京で金を獲った直後には、「自分の人生、もうこれで死んでも構わない、と思った」と語っていました。
今回は最も得意とするバタフライ以外の種目での金メダルですから、別の意味での達成感、満足感があったかもしれません。
勝因としては全盲のスイマーにとって命綱ともいえるコースロープを、早い段階で見つけられたことがあげられます。
コースロープに何度も腕が当たると、スタミナを消耗し、タイムをロスしてしまいます。しかし、それを恐れて泳ぎが小さくなってしまっては元も子もありません。
木村選手は早めにロープの位置を確認することで、右腕との間に絶妙な距離を保つことに成功しました。ライバルたちに競り勝つことができたのは、中盤、ロープでの接触をできるだけ避け、後半に余力を残しておいたせいかもしれません。
パリ大会に向け、昨年2月からオリンピック女子200メートルバタフライ銅メダリスト(2012年ロンドン、2016年リオデジャネイロ)の星奈津美さんから指導を受けていました。
この3月にインタビューをした際、木村選手は指導の中身についてこう語っていました。
「これまでは腕を真っすぐ伸ばした状態で水をかいていたので、水中で手のひらが下の方を向いてしまい、水を十分にとらえられていなかったのです。私は極力、遠いところから水をかいた方がいいと思っていたので、腕を伸ばして遠くから水をかくようにしていましたが、そうではなくて肘は曲がっていてもいいので、水を効率的に後ろにかけるよう腕を動かすことが重要なんだと分かりました」
こうした泳法の改良は、得意のバタフライだけではなく自由形にも役立ったようです。この9月11日で34歳になる木村選手ですが、まだまだ成長の余地がありそうです。
二宮清純