二宮清純コラム ボブスレー代表は二刀流が当たり前。
過去にはボクシング金メダリストも!
2018年2月15日(木)更新

 平昌五輪は開幕から1週間が経ちました。ここまで日本勢は7個のメダル(銀4/スピードスケート女子1500メートル髙木美帆、スピードスケート女子1000メートル小平奈緒、スノーボード男子ハーフパイプ平野歩夢、ノルディック複合ノーマルヒル個人・渡部暁斗。銅3/スピードスケート女子1000メートル髙木美帆、スキージャンプ女子ノーマルヒル個人・髙梨沙羅、フリースタイルスキー男子モーグル原大智)を獲得しています(2月14日現在)。この後はスピードスケート女子500メートル、チームパシュートなど金メダルが有力視される競技・種目が控えています。お楽しみはこれからです。

200キロのソリを押せ!

 今回の平昌五輪では合計15競技が実施されます。そのうち日本人選手が出場するのは13競技です。1972年の札幌五輪から連続で出場していたボブスレーは今回、残念ながら出場権を得られませんでした。

 ボブスレー日本代表は「オリンピック代表選手を発掘せよ」とのスローガンを掲げ、他のスポーツで能力に秀でたアスリートを積極的にスカウトしています。だが、こうした取り組みは日本に限ったことではありません。

 4年前のソチ五輪でアメリカ女子チームが銀メダルに輝きました。クルーのひとり、ローリン・ウィリアムズ選手は04年アテネ五輪女子100メートル銀メダル、12年ロンドン五輪4×100メートルリレーで金メダルを獲得したトップアスリートでした。古くは32年レイクプラシッド五輪・男子ボブスレー金メダルのアメリカチームにはエディー・イーガンという選手がいました。彼は20年アントワープ五輪ボクシングライトヘビー級の金メダリストです。

 他競技のトップアスリートを代表に----。こうした取り組みは他のスポーツではあまり見られません。その理由はボブスレーという競技の特殊性にあります。

 ボブスレーは全長1.3~1.5キロのコースを最高時速約140キロで滑り降ります。重要なのはスタートから50メートルです。スタートでソリを全力で押し、いかにスピードを乗せてから乗り込むか。これが勝負の分かれ目になります。

 日本ボブスレー・リュージュ・スケルトン連盟強化部の鈴木寛さんに話を聞きました。

「ボブスレーのソリは200キロ近い重量があります。それを押してスピードに乗せるために選手には体の大きさ、パワーと瞬発力が求められます。先頭のパイロットは操縦など熟練の技術が要求されますが、ブレーカーと呼ばれる後ろの3人(2人乗りの場合は1人)はとにかくパワーとスピードです。乗り込みのタイミングなどチームワークは短期間の練習で身につけることができますから」

----海外選手との体格差は?

「海外遠征に行くと、アメリカやヨーロッパの選手は2メートル近い巨漢が多くて圧倒されます。日本も陸上競技などトップレベルの選手を代表に加えていますが、それでもパワーの差はなかなか詰めらないのがもどかしいところです」

----トラック競技の陸上と氷上のボブスレー。選手に戸惑いは?

「陸上トラックのような反発力が氷にはないので、最初は違和感があるようです。ただ陸上の日本選手権で勝つレベルの選手ばかりなのでアジャストする能力にも秀でています。夏から始めて冬には五輪に出ていた、そんな例も過去にはたくさんあります」

最高速は時速140キロ

 続いて、ソチ五輪ボブスレー日本代表・佐藤真太郎さんに話を聞きました。佐藤さんは99年と00年、日本陸上選手権4×100メートルリレーの連覇に貢献した当時の日本を代表するスプリンターです。ボブスレーにスカウトされた最大の理由は日本の陸上選手には珍しい183センチ・82キロという体格にありました。

「体格も大きく、そして100メートル10秒8というタイムを出して選考テストではトップの成績で合格しました。ただ、僕ひとりでは五輪出場は無理だなと感じて、同期の陸上選手、宮﨑久を誘ったんです」

 宮﨑選手は03年世界陸上200メートル日本代表でした。佐藤さんは宮﨑さんを「陸上でオリンピックに出られず、このまま選手を辞めていいのか。一緒にソチを目指そう」と言って説得し、ボブスレーの世界に引き入れました。

 宮﨑さんも183センチと大柄です。2人の奮闘もあり日本代表はソチ五輪の出場権を得ました。だが、結果は3回戦どまりの26位。佐藤さんは世界との差を痛感したと言います。

「ドイツやラトビアなど強豪国とは体格、技術、環境とすべてにおいて差がありました。どの競技でもそうですが、やはり準備に時間をかけられる環境がないとトップレベルになるのは難しい。連盟もそのことを考えていろいろと手を打っていますが、それでもまだ……。4年、8年、12年という長いスパンで強化を続けていって初めて日本のボブスレーも世界に手が届くようになるかもしれません」

 最後に佐藤さんに今大会の見どころについて聞きました。

「平昌のコースは最高時速140キロは出るのでそのスピードに注目ですが、それよりも僕が見てほしいのはスタート前です。どの国も選手たちが円陣を組んだり手を合わせるなどして最後の気合を入れる。あそこが4年間の総決算の瞬間だと思います。個人競技の多い冬季五輪にあってボブスレーは珍しいチームスポーツです。周りのスタッフも一緒に円陣を組むなど、その一体感にグッときますね」

 米データ会社グレースノートによるとドイツ、アメリカ、ラトビア、カナダらの間で熾烈なメダル争いが繰り広げられそうです。

二宮清純

二宮清純 にのみや せいじゅん

1960年、愛媛県生まれ。スポーツ紙や流通紙の記者を経てフリーのスポーツジャーナリストとして独立。
五輪、サッカーW杯、メジャーリーグなど国内外で幅広い取材活動を展開。『プロ野球 名人たちの証言』、『広島カープ 最強のベストナイン』など著書多数。

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