二宮清純コラムオリンピック・パラリンピック 奇跡の物語
~ビヨンド・ザ・リミット~

2022年2月18日(金)更新

追うカナダ、逃げる日本。無情の結末
お家芸パシュート、2大会連続メダル

 2018年の平昌冬季五輪に続き、日本の2連覇に期待がかかったスピードスケート女子団体追い抜き(チームパシュート)は、決勝でまさかのアクシデントに見舞われ、銀メダルとなりました。このメダルにより、エースの髙木美帆選手は通算メダル数を6個に伸ばし、夏冬通じて日本人女子最多を更新しました。

世界の潮流「プッシュ」

 日本は準決勝同様、髙木美帆、佐藤綾乃、髙木菜那のメンバーで決勝に臨みました。相手のカナダは今シーズンのW杯で3戦全勝の強敵です。

 五輪におけるチームパシュートは、1チーム4人で構成され、そのうちの3人がレースに出場します。女子は1周400メートルのリンクを6周し、2400メートルで競われます。3人目の選手のブレードの先端がゴールした時点でのタイムが記録として採用されます。

 18年の平昌大会での決勝レースも今回と同じメンバーでした、中盤、スケート大国のオランダに一度は逆転されながらも、終盤に再逆転し、日本が金メダルに輝きました。

 この時の日本の一糸乱れぬ隊列は、その美しさゆえ評判を呼びました。世界をリードしてきた自動車工場の製造ラインのようだと。

 日本に追いつけ、追い越せ――。それ以降、世界は戦術的に目覚ましい進歩を遂げました。男子が2020年ごろに取り入れ始めた「プッシュ」と呼ばれる戦術は、昨シーズンから女子も採用するようになりました。

「プッシュ」とは、これまで常識とされていた先頭交代を極力行わない戦術です。通常は3人で先頭交代を行いますが、この戦術は、その名の通り後方の選手が前の選手を押し続けます。これにより、先頭交代の際に生じるタイムロスを削ることができるメリットがある一方で、1人1人の距離が近いためにブレードが接触しやすいというデメリットも指摘されています。

 日本もW杯などでこの戦術を試しましたが、コロナの影響で精度を高めることができず、北京では先頭交代を3度行う平昌スタイルで本番に臨みました。

 前回大会のチャンピオンらしく、準々決勝は2分53秒61の五輪新で1位通過。準決勝ではROC(ロシアオリンピック委員会)を一蹴しました。

「勝っても負けてもチームのもの」

 そして迎えた2時間後の決勝。レースは序盤から日本がリードする展開で進みました。トレードマークの一糸乱れぬ隊列で1周目は1秒05リード。しかし、その後、徐々に差を詰められます。

 日本が最も警戒していたのが、3000メートルと5000メートルでメダルを獲得した身長187センチのイザベル・ワイデマン選手です。前半は二番手、三番手でで体を休めたワイデマン選手は、後半の3周を先頭で滑り、勝負に出ます。

 ラスト1周で、その差はわずか0秒39。追うカナダ、逃げる日本――。見る側は瞬きすら許されません。これがパシュートの魅力です。祈るような気持ちで画面に目を凝らしていたその刹那――信じられない光景が目に飛び込んできました。

 最後尾を滑っていた菜那選手が、最終コーナーを回ったところでバランスを崩し、尻餅をついてしまったのです。そのままリンクサイドのマットに叩きつけられました。ゴールまで残り60メートル。まさかの幕切れでした。「氷の上にできた溝に左足がはまった」(清水宏保さん)という不運に加え、疲労の蓄積で小柄な菜那選手の肉体は限界に近づいていたのかもしれません。エースの妹をサポートし続ける姿に姉の気丈さが見えました。

 レース後、目を真っ赤に泣き腫らした菜那選手は、「転ばなければ優勝できたかもしれないタイムだったので悔しい」と語りました。もし転倒がなければ結果はどうだったか。これは神のみぞ知るところです。傷心の姉に寄り添うように、妹の美帆選手は「コーチが『チームパシュートは勝っても負けてもチームのもの』と言っていましたが、本当にその通りだと思う」と落ち着いた口調で語りました。2大会連続金メダルこそならなかったもののチームパシュート――それは間違いなく冬季競技における日本のお家芸です。

二宮清純

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