二宮清純コラムオリンピック・パラリンピック 奇跡の物語
~ビヨンド・ザ・リミット~

2022年2月22日(火)更新

平野歩夢、五輪王者からの提言
スノボ・ジャッジに“愛のムチ”

 昔なら“宇宙遊泳”でしょう。舌を噛みそうな大技「トリプルコーク1440(フォーティーン・フォーティ)」を鮮やかに決め、スノーボード男子ハーフパイプで金メダルを獲得した平野歩夢選手は、12日に行われた記者会見で、スノーボード界の今後について聞かれ、「オリンピックは影響力が大きいと思うのでこれを見てスノーボードをやりたいと思ったり、このオリンピックを通して夢や希望を持ってもらえたりと何かのきっかけになればいいなと思います」と語りました。

“横乗り業界”

 さらに平野選手は続けました。

「スノーボードは他の球技に比べるとまだまだ小さいジャンルだと思うので、東京オリンピックのスケートボードで日本人が活躍してスケボー人口が増えているように、スノーボード人口もこれからどんどん増えて“横乗り業界”を良いと思ってくれる人が一人でも増えるように何か与えられたらなと思います」

 “横乗り業界”とは、いいネーミングです。スケートボードとスノーボードを合わせたものでしょう。平野選手は「この4年間は、今までとまた違った4年間でした」とも語りましたが、2020年に予定されていた東京五輪が昨年夏に延期され、スケートボード男子パークに出場、半年後には北京の氷の上で金メダルを獲ったわけですから、誰もができない経験です。

 その演技を見れば、この23歳がただ者でないことはわかりますが、それ以上に恐れ入ったのが“心の整え方”です。2回目の演技は、ほぼ完璧のように見えました。だが得点はスコッティ・ジェームズ(オーストラリア)選手の92.50点を下回る91.75点。この不可解な点数については、NBCで解説を務めていたトッド・リチャーズさんが「ちょっと待って。こんなはずがない」「正直言って、これは茶番だ」と声を荒げたくらいですから、理不尽なものだったと言っていいでしょう。

 ちなみにハーフパイプの採点基準は①難易度、②完成度、③高さ、④多様性、⑤革新性と五つあり、6人のジャッジの主観で決定されます。平野選手の得点が伸び悩んだ理由について、NHKでスノーボーダーの渡辺伸一さんが「もっと平野選手の点数が出ていいと思いました。ジャッジが、平野選手が新しい技を持っているのを知った上で『まだ点数を出せるだろう』という余裕を持たせる意味で厳しくつけたのではないか」と語っていました。いわば“愛のムチ”というわけですが、他の競技の採点方法に“愛のムチ”が介入する余地はありません。仮に叱咤激励の意味があったにせよ、ムチが強過ぎると選手はやる気を削がれてしまうのではないでしょうか。

スノボの未来

 過去2大会(14年ソチ、18年平昌)で銀メダルを2つ胸に飾っている経験豊富な平野選手でも、怒りを鎮めることは簡単にはできなかったそうです。

「2本目は納得いっていなかった。怒りがおさまらないまま3本目を迎えたけど、うまく集中できていた」

 試合後に、そう語りました。

 スポーツの世界において怒りは敵です。カッカするとロクなことがありません。だから、「アンガー・マネジメント」なんて言葉が、この世界では、もてはやされているのです。

 ところが平野選手は、怒りに足を取られず、エネルギーに変えてしまったのです。これは誰にもできることではありません。

 金メダルをかけた最後の3本目、平野選手は「トリプルコーク1440」を完璧に滑り切り96.00というハイスコアを叩き出しました。異次元の演技を見せられた6人のジャッジ、ぐうの音も出なかったに違いありません。

 さて、今度は平野選手がジャッジに“愛のムチ”を振るう番です。記者会見の席で、こう語りました。

「僕だけじゃなくて今後のスノーボードのジャッジ全体を含めた基準として、今回はどこを見ていたのかという説明を改めて聞くべきだと思います。競技をやっている人達は命を張ってリスクを背負って演技しているので、そこは選手の為を思って整理するべきで、スルーしない方がいいんじゃないかと思います」

 オリンピック・チャンピオンの異議申し立てを、ジャッジが無視することはできないでしょう。この“逆・愛のムチ”とでも呼べる厳しい提言に、今度はジャッジが答える番です。スノーボード界の未来のためにも。

二宮清純

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