2016年を限りに硬式野球部の活動を停止しているPL学園(大阪)は、春夏合わせて7回(春3回、夏4回)の甲子園優勝を誇る高校野球きっての強豪校です。栄えある最初の優勝は78年夏、「エースで4番」の活躍によってもたらされました。
逆転のPL----。高校野球ファンのみならず、高校野球に携わる全ての人々に、それを印象付けたのが準決勝の中京(愛知・現中京大中京)戦でした。
9回表が終わった時点でスコアは中京の4対0。PLの攻撃は、9回裏の1イニングを残すのみです。
先頭打者は今回の主人公・西田真二さんです。「エースで4番」。文字通り、チームの大黒柱でした。
西田さんいわく「強引に引っ張った打球」は一塁線を抜けました。「一塁手が二塁寄りに守っていたからライン際が空いていたんです」。三塁に達した西田さんは、続く柳川明宏選手のレフトオーバーの二塁打でホームにかえりました。しかし、まだ3点差です。
続く6番・荒木靖信選手は一塁ゴロに倒れますが、7番・戎繁利選手がセンター前に弾き返し、2点差。8番・山西徹選手もレフト前に運び、1死一、二塁。9番・中村博光選手がバントで送り、2死二、三塁。打順はトップに戻り、谷松浩之選手が四球を選び2死満塁。こうなると、もう流れは止められません。中京は苦し紛れの継投を見せますが2番・渡辺勝男選手の内野安打で、ついにPLは4対4の同点に追いついたのです。
熱戦にケリがついたのは延長12回裏です。2死満塁から荒木選手が四球を選び、押し出しで決勝進出を決めました。
西田さんは振り返ります。
「“粘って粘って粘り抜け”がPLの教えでした。地元大阪の代表ということもあり、甲子園の大歓声に背中を押されましたね」
迎えた決勝の相手は高知商。後に阪急入りする2年生のサウスポー森浩二がPLの前に立ちはだかります。
9回表が終わった時点で0対2。敗色濃厚のPLですが、前日の大逆転劇もあり、甲子園は異様な空気に包まれていました。
9回裏、PLは先頭の中村選手がセンター前ヒットで出塁すると、四球と犠打で1死ニ、三塁のチャンスを迎えます。一打同点の場面で打席に立ったのは、後に阪神入りする主将で3番の木戸克彦選手でした。
快音を残した打球はセンターへ。犠牲フライで1点を返したものの、2死二塁。ここで打席に入ったのが前日、大逆転劇のきっかけをつくった4番の西田さんでした。
西田さんは高めのストレートにヤマを張っていました。空振り。「これが同点タイムリーを呼び込んだ」と西田さんは言います。
「クソボールをフルスイングしたことで、森君は“もうストレートは投げられない”と思ったのでは……。次のボール、キャッチャーのサインに首を振りましたよ。僕は“変化球がくる”と直感しました」
西田さんの読み通りでした。肩口から入ってくる甘いスライダーを叩くと、打球は一塁線へ。二塁から谷松選手がかえり、2対2の同点。二塁に達した西田さんは、続く柳川選手の左中間タイムリーで決勝のホームを踏みます。絵に描いたような逆転サヨナラ勝ちでした。
「優勝の瞬間? 僕は割と冷静でしたよ。木戸と(控え投手の)金石昭人が大泣きしているのを見てウルッときたくらいでした」
チャンスでの勝負強さが光った西田さんでしたが、それ以上に地区大会も含めてひとりで投げ抜いたエースとしての仕事ぶりは称えられてしかるべきです。
ストレートこそ140キロ前後でしたが、緩いカーブとチェンジアップ、シュートを効率的に配し、集中打を浴びることがありませんでした。
最後に訊きました。
----ピッチャーとしての最大の武器は?
「そりゃハッタリですよ。バッターの中には“このヤロー!”とにらんでいくる者もいましたが、僕はマウンドでは常に冷静でした。我を忘れて、コントロールを乱したりしたことは一度もなかったですね」
西田さんは何を聞いても“立て板に水”です。あらかじめ聞き手の質問を読んでいるかのようです。プロでは、ここ一番に強い勝負師として鳴らしました。深い洞察力と観察力は、高校時代に育まれたもののように感じられます。
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