甲子園に“大どんでん返し”は付き物です。しかし、決勝でここまでの“大どんでん返し”はちょっと記憶にありません。1989年センバツの決勝は東邦(愛知)と上宮の間で行われ、予期せぬ結末が待っていました。
東邦は前年春の準優勝校。卒業後、地元の中日に進むサウスポーの山田喜久夫投手がエースでした。一方の上宮はショート元木大介選手を中心にした好チームで、前年春には準々決勝に進出しています。このチームからは元木選手を筆頭に、種田仁選手、小野寺在二郎選手、宮田正直投手と4人がプロ入りしました。
山田投手、宮田投手両エースの好投で1対1のまま、試合は延長10回に突入します。10回表、上宮は岡田浩一選手のタイムリーで、2対1と勝ち越しに成功します。これが決勝点になるかと思われましたが、東邦も粘ります。この回、先頭の村上恒仁選手が死球で出塁。バントが定石ですが、東邦・阪口慶三監督のサインは「打て!」。この強攻策は裏目に出て、4-6-3の併殺で2死無走者とかわります。一塁側スタンドは水を打ったようにシーンと静まり返りました。
上宮にすれば、初優勝まであとアウトひとつ。東邦の命運も、さすがにここで尽きたかに思われました。ショートを守っていた元木選手は「これで、もう優勝だ」と優勝を確信したそうです。
バッターは1番の山中竜美選手。「くらいついてでも塁に出よう」。その執念にのみ込まれたのか、2年生エースのボールがキャッチャー塩路厚選手の構えた位置に来ません。ストレートの四球で同点のランナーを出してしまいます。
ここで元木選手をはじめとする内野手がマウンドに集まり、宮田投手に声をかけます。しかしストライクが入らず、2番・高木幸雄選手に対し、2ボールノーストライク。再び内野手がマウンドに集まり、2年生エースを励まします。
フルカウントからの6球目。5回にタイムリーを放っている高木選手の打球は、三遊間の深い位置へ。これを好捕したショートの元木選手は懸命に一塁に送球しますが、内野安打となり、2死一、二塁。
こうなれば東邦は押せ押せです。3番・原浩高選手の詰まった打球はセンター前へ。二塁ランナーの山中選手がホームに還り同点。
ここから信じられないことが続けて起きます。二、三塁間にいたランナーを刺そうと2年生キャッチャーの塩路選手がサードに投げたのが運の尽きでした。
以下は元木選手の回想です。
「サードの種田がセカンドに投げたら、これがショートバウンドになったんです。セカンドが捕り損なったボールがイレギュラーして、ライトまで後逸しちゃった。その間、僕は何もできず、呆然と東邦の一塁ランナーがサヨナラのホームを踏むのを見届けるしかありませんでした」
ホームベース付近で抱き合う東邦の選手たちの歓喜の様子を見ることもなく、宮田投手はマウンドの上で頭を抱えて、泣き崩れました。ショートの元木選手も座り込んだまま、しばらく動けませんでした。
優勝まで、「あとアウトひとつ」で金縛りにあったようにストライクが入らなくなった宮田投手は、魔物に襲われたとでも言うしかありません。いや、「2年連続準優勝だけは許せない」という東邦の選手たちの執念が上回ったと言うべきなのでしょうか。よく、「勝負は下駄を履くまでわからない」と言いますが、最後の最後、履こうとした下駄の鼻緒が切れてしまったように私の目には映りました。あまりにも残酷なコントラスト。これもまた甲子園のひとつの姿なのです。
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