二宮清純
二宮清純コラム甲子園、光と影の物語毎月第4木曜更新
2022年4月28日(木)更新

上宮の初優勝阻止した東邦の執念
あとひとりから“大どんでん返し”

 甲子園に“大どんでん返し”は付き物です。しかし、決勝でここまでの“大どんでん返し”はちょっと記憶にありません。1989年センバツの決勝は東邦(愛知)と上宮の間で行われ、予期せぬ結末が待っていました。

突如乱れた制球

 東邦は前年春の準優勝校。卒業後、地元の中日に進むサウスポーの山田喜久夫投手がエースでした。一方の上宮はショート元木大介選手を中心にした好チームで、前年春には準々決勝に進出しています。このチームからは元木選手を筆頭に、種田仁選手、小野寺在二郎選手、宮田正直投手と4人がプロ入りしました。

 山田投手、宮田投手両エースの好投で1対1のまま、試合は延長10回に突入します。10回表、上宮は岡田浩一選手のタイムリーで、2対1と勝ち越しに成功します。これが決勝点になるかと思われましたが、東邦も粘ります。この回、先頭の村上恒仁選手が死球で出塁。バントが定石ですが、東邦・阪口慶三監督のサインは「打て!」。この強攻策は裏目に出て、4-6-3の併殺で2死無走者とかわります。一塁側スタンドは水を打ったようにシーンと静まり返りました。

 上宮にすれば、初優勝まであとアウトひとつ。東邦の命運も、さすがにここで尽きたかに思われました。ショートを守っていた元木選手は「これで、もう優勝だ」と優勝を確信したそうです。

 バッターは1番の山中竜美選手。「くらいついてでも塁に出よう」。その執念にのみ込まれたのか、2年生エースのボールがキャッチャー塩路厚選手の構えた位置に来ません。ストレートの四球で同点のランナーを出してしまいます。

 ここで元木選手をはじめとする内野手がマウンドに集まり、宮田投手に声をかけます。しかしストライクが入らず、2番・高木幸雄選手に対し、2ボールノーストライク。再び内野手がマウンドに集まり、2年生エースを励まします。

挟殺狙って悲劇

 フルカウントからの6球目。5回にタイムリーを放っている高木選手の打球は、三遊間の深い位置へ。これを好捕したショートの元木選手は懸命に一塁に送球しますが、内野安打となり、2死一、二塁。

 こうなれば東邦は押せ押せです。3番・原浩高選手の詰まった打球はセンター前へ。二塁ランナーの山中選手がホームに還り同点。

 ここから信じられないことが続けて起きます。二、三塁間にいたランナーを刺そうと2年生キャッチャーの塩路選手がサードに投げたのが運の尽きでした。

 以下は元木選手の回想です。

「サードの種田がセカンドに投げたら、これがショートバウンドになったんです。セカンドが捕り損なったボールがイレギュラーして、ライトまで後逸しちゃった。その間、僕は何もできず、呆然と東邦の一塁ランナーがサヨナラのホームを踏むのを見届けるしかありませんでした」

 ホームベース付近で抱き合う東邦の選手たちの歓喜の様子を見ることもなく、宮田投手はマウンドの上で頭を抱えて、泣き崩れました。ショートの元木選手も座り込んだまま、しばらく動けませんでした。

 優勝まで、「あとアウトひとつ」で金縛りにあったようにストライクが入らなくなった宮田投手は、魔物に襲われたとでも言うしかありません。いや、「2年連続準優勝だけは許せない」という東邦の選手たちの執念が上回ったと言うべきなのでしょうか。よく、「勝負は下駄を履くまでわからない」と言いますが、最後の最後、履こうとした下駄の鼻緒が切れてしまったように私の目には映りました。あまりにも残酷なコントラスト。これもまた甲子園のひとつの姿なのです。

K.Ninomiya二宮清純
2024年3月28日(木)
74年夏「金属元年」を制した銚子商
土屋正勝快投、篠塚利夫は木で2発
2024年2月22日(木)
99年夏、桐生一、群馬県勢初優勝
エース正田樹、潰れた血豆で熱投
2024年1月25日(木)
中京商、松山商ら名門追い詰めた
台湾の強豪・嘉義農林学校とは?
2023年12月28日(木)
「高校球界最高の策士」迫田穆成
広島商対作新、打倒江川卓の執念
2023年11月23日(木)
大久保博元の「怪童」球児伝説
木製バットで本塁打量産の狙い
2023年10月26日(木)
堤尚彦「甲子園は目的ではなく手段」
おかやま山陽異色監督のメッセージ
2023年9月28日(木)
北別府学「精密機械」誕生秘話
山越え自転車通学で下半身強化
2023年8月24日(木)
若松勉、“小さな大打者”の原点
65年夏、1試合4盗塁の離れ業
2023年7月27日(木)
“北国のエース”太田幸司の偉業
69夏、ブラジルで完全試合達成
2023年6月29日(木)
83夏、“事実上の決勝戦”池田対中京
中京エース野中徹博の「波乱万丈」
2023年5月25日(木)
興南、“我喜屋イズム”で春夏連覇
雨という逆境を工夫と知恵で克服
2023年4月27日(木)
高知対東海大相模の“横綱対決”
杉村繁と原辰徳が輝いた75年春
2023年3月23日(木)
95春、観音寺中央、初出場初優勝
「2軍でも勝てる相手」の快進撃
2023年3月13日(月)
【侍Jの“球児苑”】
花巻東・大谷翔平、甲子園に置き土産
大阪桐蔭・藤浪晋太郎から衝撃アーチ
2023年3月9日(木)
【侍Jの“球児苑”】
ダルビッシュ有が示した潜在能力
「柔と剛」のノーヒットノーラン
2023年3月7日(火)
【侍Jの“球児苑”】
村上宗隆「高いフライを打て!」
坂井宏安前監督、独自指導の真意
2023年3月3日(金)
【侍Jの“球児苑”】
桐光学園・松井裕樹、大会記録の22K
10者連続三振の奪三振ショーも披露
2023年2月23日(木)
73年春、怪物江川卓、全国デビュー
中尾孝義と達川光男が受けた衝撃
2023年1月26日(木)
九州学院・村上宗隆、甲子園は不発
“肥後の怪童”、10歳で広角本塁打
2022年12月22日(木)
06年帝京対智弁和歌山、世紀の乱打戦
1年生・杉谷拳士「1球で負け投手」
2022年11月24日(木)
00年夏、中京商・松田宣浩の痛恨
苦い記憶を糧にGグラブ8回受賞
2022年10月27日(木)
07年夏、佐藤由規155キロの衝撃
快速球生んだ「左手」の使い方
2022年9月29日(木)
高校時代からの高津臣吾“二番手人生”
自己改革で名クローザー、名監督へ
2022年8月25日(木)
仙台育英V、東北勢の悲願達成
小刻みリレーで高校野球に新風
2022年7月28日(木)
大阪桐蔭春夏3度Vの立役者・根尾昂
プロ4年目で投手転向は“水を得た魚”
2022年6月23日(木)
04年春、済美で2校目初出場V
ミラクル呼んだ“上甲スマイル”
2022年5月26日(木)
ドラ1引き寄せた06年センバツ
「桑田2世」PL前田健太の本盗
2022年4月28日(木)
上宮の初優勝阻止した東邦の執念
あとひとりから“大どんでん返し”
2022年3月24日(木)
甲子園20連勝中のPL破り岩倉V
神宮大会優勝校、初の紫紺の大旗
2022年2月24日(木)
ドラ9で広島入り、天谷宗一郎
指名を手繰り寄せた運命の一戦
2022年1月27日(木)
野球漫画の4番・水島新司氏死去
「ドカベン」香川伸行引退秘話
2021年12月23日(木)
都城・田口竜二、最強PL相手に力投
84年春、サヨナラ負け直後に謎の笑顔
2021年11月25日(木)
「清原和博の恋人」田子譲治
81年夏、準完全試合達成秘話
2021年10月28日(木)
04夏、大旋風巻き起こした駒大苫小牧
指揮官は道産子の意識をどう変えたか
2021年9月23日(木)
“満塁男”駒田徳広の奈良伝説
「満塁で敬遠」の真相に迫る
2021年8月26日(木)
西本聖vs江川卓、怪物に挑んだ雑草
練習試合の衝撃「ボールが浮いた…」
2021年7月29日(木)
三冠王3度の最強打者・落合博満
秋田工時代を知るライバルの証言
2021年6月24日(木)
87年、PL学園春夏連覇の立役者
橋本清「野村、岩崎への対抗心」
2021年5月27日(木)
78年夏、延長17回制した仙台育英
大久保美智男「背番号1」の呪縛
2021年4月22日(木)
雑草・川相昌弘vsスター荒木大輔
「ひょいとかわされた」苦い記憶
2021年3月25日(木)
90年センバツ準V“ミラクル新田”
史上初2本のサヨナラ弾で快進撃
2021年2月25日(木)
74年春、“さわやかイレブン”旋風
山びこ前夜の池田、奇襲で準優勝
2021年1月28日(木)
15歳と4カ月、史上最年少で夏制覇
桑田真澄、“リアル巨人の星”を語る
2020年12月24日(木)
熱血指導で横浜、80年夏の戴冠
エース愛甲支えた影のヒーロー
2020年11月26日(木)
高知、“傷だらけ”の県勢初V
主砲・有藤通世、1打席の夏
2020年10月22日(木)
甲子園ノーヒッター名電・工藤公康
運命を変えた「ドラフト6位」の謎
2020年9月24日(木)
“脅し”に屈しなかった槙原寛己
金村義明、意地の弾丸ホームラン
2020年8月27日(木)
深紅の大旗、33年ぶりの箱根越え
湘南のラッキーボーイ佐々木信也
2020年8月13日(木)
「左腕の咆哮」静岡商・新浦壽夫
「狙わなくても三振が取れたよ」
2020年8月6日(木)
池田・蔦文也“攻めダルマ”伝説
優勝メンバーが語る「野球と酒」
2020年7月30日(木)
「死球」で完全試合逃した新谷博
「狙ってたら外角に投げていた」
2020年7月23日(木)
85年春、PL清原和博沈黙せり!
2年生捕手が語る渡辺智男の凄み
2020年6月25日(木)
「昭和の怪物」江川卓、最後の夏
作新学院vs銚子商、雨中の死闘
2020年5月28日(木)
荒木大輔擁する早実を粉砕した池田
82年夏、江上光治先制2ランの衝撃
2020年4月23日(木)
「逆転のPL」の立役者・西田真二
78年夏、奇跡を呼び込んだ“読み”
2020年3月26日(木)
上宮・元木大介、隠し球で抗議電話
初甲子園で見せた「くせ者」の片鱗
2020年2月27日(木)
92年夏、松井秀喜5連続敬遠に世間騒然
野村克也が語った「私が明徳の監督なら」
2020年1月23日(木)
熊工・伊東vs八代・秋山、最終回の明暗
ライバルから同僚へ。西武黄金期を牽引
2019年12月26日(木)
習志野対新居浜商、劇的サヨナラ決着
肩を休ませ熱闘を演出した「恵みの雨」
2019年11月28日(木)
牛島と香川。偶然の出会いと早過ぎる別れ
名門・浪商を蘇らせた「黄金バッテリー」
2019年10月24日(木)
78年センバツ、津田恒美の衝撃デビュー
ライバルが見た“炎のストッパー”の原点
2019年9月26日(木)
高野連、金属バットの規制強化へ
国際大会不振の陰に“飛ぶバット”
2019年8月29日(木)
古豪高松商、伝統の「志摩供養」復活
四元号下での勝利、一番乗りなるか!?
2019年7月25日(木)
甲子園に託した夢、「沖縄と戦後」
「南九州の壁」を砕いた安仁屋宗八
2019年6月28日(金)
投手の故障予防に球数の「総量規制」
会議で聞きたい現役球児の“ナマの声”
2019年6月4日(火)
「令和の怪物」佐々木朗希、13奪三振
スピード違反!? 江川卓の牽制球伝説
2019年5月28日(火)
早くも35℃超え! 今夏も猛暑の甲子園
熱中症予防「白スパイク」の早期導入を
2019年5月17日(金)
元スカウトが断言「佐々木は大谷以上」
「令和の怪物」は甲子園に登場するか!?
2019年4月26日(金)
「奇跡のバックホーム」の舞台裏
松山商-熊本工、名勝負の分岐点
2019年4月16日(火)
163キロ「令和の怪物」佐々木朗希
侍ジャパンTD鹿取義隆が占う将来性
2018年9月4日(火)
吉田輝星が体験する「書かれざるルール」
大差でフルスイング、新庄剛志に報復死球
2018年8月24日(金)
敏腕スカウトの小園、根尾、藤原、吉田評
小園は立浪和義、吉田は桑田真澄の再来か
2018年8月21日(火)
西鉄の主砲・中西太、甦る「怪童伝説」
過去と未来をつなぐ「レジェンド始球式」
2018年8月17日(金)
184球完投は「美談」か「酷使」か!?
次なる百年に向け安全確保と健康管理を
2018年8月7日(火)
レジェンド始球式に太田幸司と井上明
三沢対松山商の球審が明かした判定秘話
2018年7月31日(火)
76年前、戦中に行われた”幻の甲子園”
球史から消えた徳島商-平安の名勝負
2018年7月27日(金)
熱闘甲子園が”熱湯”甲子園に!?
猛暑の夏、求められる熱中症対策
2018年6月29日(金)
”ジャイアン”金村義明が輝いた夏
81年報徳V、予選から13連続完投
2018年6月26日(火)
甲子園100回大会に向け熱戦スタート
敏腕スカウトが注目する投打の逸材
2018年1月16日(火)
夏の甲子園でもタイブレーク制導入へ
求められる次の100年に向けた大計づくり
2017年10月3日(火)
清宮幸太郎が求める「環境」と「指導者」
学ぶべきは王貞治、松井秀喜の育成法
2017年9月12日(火)
清宮、安田、中村。史上最強U-18に木製の壁
世界の王の教えは「体で振るな」「壁を作れ」
2017年8月22日(火)
甲子園を沸かせた商業高校の受難
今夏は1校。なぜ勢力図は変わったか!?
2017年8月18日(金)
本塁打量産から見える「変わりゆく高校野球」
加速する「小技からパワー重視」の流れ
2017年8月8日(火)
主役交代の夏 '83PL学園-池田戦
踏み込んだ桑田、踏み込めなかった水野
2017年7月18日(火)
「練習は量より質」が早実流
甲子園レジェンド荒木大輔の回想
2017年7月4日(火)
高校野球、夏の地方大会が続々開幕!
「未完の左腕」のコントロール矯正法
2017年6月22日(木)
列島を熱狂させる”清宮の夏”
甲子園最大のヒーローは誰か?
2016年8月23日(火)
夏の甲子園は2回戦組が有利
連投軽減で将来性の確保を
2016年8月09日(火)
宮本、筒香らを鍛えた
高校野球強豪校の教え
PageTop

J:COMへのお申し込み

個別サービスのお申し込み

資料請求

加入申込

サービス追加・変更

料金シミュレーション

問い合わせ