二宮清純
二宮清純コラム甲子園、光と影の物語毎月第4木曜更新
2023年2月23日(木)更新

73年春、怪物江川卓、全国デビュー
中尾孝義と達川光男が受けた衝撃

 1973年のセンバツで作新学院高(栃木)の江川卓さんがマークした一大会最多奪三振(60個)記録は今も破られていません。当時の江川さんが、どれだけ凄まじいボールを投げていたか。プロでも活躍した2人のキャッチャーから聞いた話をご紹介しましょう。

「目の前でブワーッ!」

 まずひとり目は滝川高(兵庫)から専修大、プリンスホテルを経て81年に中日ドラゴンズに入団。2年目の82年にはセ・リーグのMVPに輝いた中尾孝義さんです。中尾さんは読売ジャイアンツや西武ライオンズでも活躍しました。

 中尾さんが初めて江川さんと“対戦”したのは73年の3月です。センバツに出場する作新学院から滝川に「練習場を貸してくれないか」という打診があったそうです。

 シートバッティングでマウンドに上がった江川さんは、体つきからして高校生離れしていました。3年生の中尾さんは「4番・キャッチャー」。文字通りチームの中心選手でした。

 滝川と言えば甲子園の常連です。兵庫県でも名の通った選手がチームに入ってきます。ところが1番から3番まで、江川さんが投じるストレートにかすりもせず、三球三振。ミットが立てる乾いた音だけがグラウンド中に響き渡っていました。

「どんなボールなんや?」

 怖いもの見たさで打席に入った中尾さんの目の前を、ドッジボールくらいの大きさのボールが通り過ぎていきました。

「もうね、目の前でブワーッと大きくなっていくんです。手も足も出ないどころか見たこともない。なんなんや、これは!って……」

 それでも、さすがに4番打者です。無我夢中でバットを振ると、2球だけ、かろうじてバットの上っ面に当てることができました。

 いや、当たったというより、かすったといった方が表現的には正しいかもしれません。ピュッと音を発した打球は、そのままバックネットに突き刺さりました。

「もうファールだけでもスゴイ! という目でまわりは見ていましたよ」

立ち投げの第1球

 速いボールに、何とか食らいついていこう。それだけを考えていた中尾さんに猛禽のようなボールが襲いかかります。

「僕の頭の近くにきたんですよ。うわーっと思ってよけたら、なんとカーブでした。ストーンと落ちて見逃し三振。ストレートもすごかったけどカーブもすごかった。両方見たことのないボールでした」

 もうひとりは広島商高から東洋大に進み、78年に広島東洋カープに入団した達川光男さんです。このセンバツに出場していた広島商は順当に勝ち進めば、準決勝で江川さん擁する作新学院と当たることになっていました。

 作新学院は大会初日の第1試合、つまり開会式直後の試合を引き当てました。相手は北陽高(大阪)。チーム打率3割3分6厘は出場30校中最高でした。しかも有田二三男さんという、卒業後に近鉄バファローズに入団する好投手がおり、大会屈指の好カードと期待されていました。

 開会式直後ということもあり、入場行進を終えた選手たちは、ほとんどがスタンドに残っていました。達川さんも、そのひとりでした。

「江川いうても、どれだけ凄いんかのォ……」

 次の瞬間、背筋に電流が走りました。

「ブルペンに江川が立った瞬間、球場全体がシーンと水を打ったように静まりかえった。そして立ち投げの第一球よ。江川が投げた瞬間、甲子園中がどよめいた。“オー”じゃないよ。“ウォーッ”となった。言っておくけど、単なる肩慣らしのキャッチボールよ。全力で投げたら、いったいどうなるんじゃろうと思ったよ」

 北陽との初戦、江川さんは19三振を奪い完封。ここから甲子園での“怪物伝説”がスタートしたのです。

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