二宮清純
二宮清純コラム甲子園、光と影の物語毎月第4木曜更新
2020年2月27日(木)更新

92年夏、松井秀喜5連続敬遠に世間騒然
野村克也が語った「私が明徳の監督なら」

 高校野球というひとつのジャンルを超え、社会問題にまで発展した“事件”があります。1992年夏、明徳義塾(高知)対星稜(石川)での“松井秀喜5打席連続敬遠”です。アルプススタンドからは物が投げ込まれ、「正々堂々と勝負しろ!」というヤジも飛びました。

「歩かせるのも作戦」

 高校卒業後、ドラフト1位で巨人に入る星稜の4番・松井秀喜選手は高校時代から注目の的でした。92年春のセンバツでは1試合2本塁打を含む大会3本塁打を記録しました。甲子園球場はこの年からラッキーゾーンが撤廃されましたが、“北陸の怪童”と呼ばれた松井選手には関係ありませんでした。

 そして迎えた夏の甲子園。星稜は一回戦で長岡向陵(新潟)を11対0で下しました。松井選手はホームランこそ出なかったもののタイムリースリーベースを放ち、2打点の大活躍。次戦は大会7日目の第3試合、明徳義塾戦に決まりました。

 1回表、2死三塁で注目の松井選手に打席が回ってきました。先制のチャンスです。ここで河野和洋投手と青木貞敏捕手の明徳バッテリーは一度もストライクを投げることなく、松井選手を歩かせました。第2打席は明徳が2点リードで迎えた3回表でした。1死二、三塁で松井選手が打席に立ちました。一塁が空いていることもあり、キャッチャーは立ち上がりこそしませんでしたが、ここでも勝負を避けました。

 続く第3打席は1死一塁の場面でした。またしても明徳バッテリーは勝負を避け、最後は外角に大きく外れるボール球でフォアボール。スコアリングポジションにランナーを進めるリスクを冒してまで主砲との勝負を避けたことで明徳の戦術が明らかになりました。スタンドがざわつき始めたのはこの打席からでした。

 第4打席は2死ランナーなしからフォアボール。勝負するならこの打席でしたが、ストライクは一球もありませんでした。星稜が1点を追う9回、2死三塁で5打席目が回ってきました。これまでの流れからすれば当然のフォアボール。高校通算60号に王手をかけていた松井選手でしたが、結局、一度もバットを振ることなく甲子園を去りました。

 試合後、松井選手は悔しさをにじませながらこう語りました。

「野球らしくないとは思うが、歩かせるのも作戦ですから、自分がどうこう言えるものではない」

「これも野球だ!」

 3対2で星稜を下した明徳・馬淵史郎監督は“5連続敬遠”が自身の指示だったと認め、こう語りました。

「松井君は高校生の中にひとりプロが混じっているかのような選手。真正面から戦って散るのも選択でしたが、県の代表としてひとつでも多く勝たせたかった」

 試合中から物が投げ込まれるなど異様な雰囲気となったこの試合、直後に高野連は異例の会見を開き、牧野直隆会長が談話を発表しました。

「この日のためにお互い苦しい練習をしてきた、その力を思い切りぶつけ合うのが高校野球ではないか。無走者のときには正面から勝負してほしかった。高校野球は勝利を目指すものではあるが、すべてに度合いというものがある。今回は度を過ぎている」

 5連続敬遠の話題は、プロ野球でも持ち切りでした。多くの評論家やOBが「卑怯な戦い方。高校生らしくない」と批判の声を上げる中、「これも野球だ!」ときっぱり言い切ったのが、さる2月11日、虚血性心不全のため死去した野村克也さんでした。

「ちょっと待て。それは野球の本質を見誤っているんじゃないか」

 よしんば、敬遠が「卑怯な戦法」だったとしても、松井選手ほどの強打者であれば、敬遠されることを前提に作戦を立てなければならない----。それが野村さんの主張でした。

「戦いの本質は騙しあい、弱点の探りあいです。敵の油断をつくとか、心理的に不安にさせる手法は恥ではない。話はそれますが、私が納得できない、野球の本質から外れると思うルールがある。たとえばキャッチャーがアウトコースに構えたとします。するとピッチャーが投げる前にベンチから『外(アウトコース)行け!』と声が飛ぶ。これが禁止なんです。ピッチャーが振りかぶったら、変な声は出してはいけないと。こういうことまで禁じていいのかな、と思うんです」

「もし野村さんが明徳の監督だったら?」との質問に野村さんは、「あれほどのバッターは高校野球にはそうはいません。そりゃ敬遠も含めていろいろ考えるでしょう。ただケースバイケースですけどね」と語り、ムフフと笑いました。

 そういえば野村さん、「いつか高校野球の監督をやってみたい」とも語っていました。

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