プロ野球を目指す球児にとって、甲子園は自らの力をスカウトに見せつける、またとない機会です。とりわけドラフトにかかるか、かからないか、ボーダーライン上にいる選手にとって、甲子園での活躍はマストといっていいでしょう。2002年ドラフト9巡目の入団ながら、広島カープで17年間プレーした天谷宗一郎さんには運命的と言える試合があります。
俊足、巧打で“北陸のイチロー”と呼ばれた天谷さんは、福井商で2年夏、3年春、3年夏と3回、甲子園に出場しています。
プロ野球のスカウトの前で名刺代わりの一発を見舞ったのは、3年春(2001年)のセンバツ1回戦、桜美林(東京)戦です。
この試合は、両チームとも打線が好調で前半から激しい点の取り合いになりました。3番ライトで出場した天谷さんは、4回表、高橋明裕投手からセンターバックスクリーンの左に飛び込む、大ホームランを放ちました。
ヒットを打つ巧さには定評のあった天谷さんですが、このホームランで「大きいのも打てる」とパワーも認められ、スカウトの評価はワンランク上昇したと言います。
結局、この試合は終盤までもつれ、9回表、福井商が無死一塁から5長短打を集めて11対9で逆転勝ちを収めました。
また、この試合で、天谷さんは1イニング2盗塁という珍しい記録もつくっています。余程の強打者でない限り、高校生外野手がドラフトで上位指名されることは稀です。スカウトの多くは足に注目します。1イニング2盗塁が強烈なインパクトを与えたのは言うまでもありません。
天谷さんはドラフト下位も下位、9巡目の指名でしたが、バックスクリーンのホームラン、1イニング2盗塁がなければ、高校を出てすぐのプロ入りはなかったと思われます。
過日、本人に話を聞く機会がありました。
「ドラフトではプロ志望届を出したものの、最後まで引っかかるかどうかわからなかった。(9巡目で指名された時は)首の皮一枚つながっていたなと……。順位は気になりませんでした」とホッとしたそうです。
福井商の7年先輩には、横山竜士さんがいました。1995年、ドラフト5位で入団しました。入団3年目の97年には10勝をあげていました。こうした先輩の活躍も天谷さんの指名を後押ししたのかもしれません。
天谷さんを担当したスカウトの渡辺秀武さんは、入団する前の天谷さんに、こうアドバイスしたそうです。
「プロ野球選手の敵は酒とタバコと女。どれかひとつはやめなさい」
天谷さんと言えば、忘れられないプレーがあります。2010年8月26日、本拠地マツダスタジアムでの横浜ベイスターズ戦で見せたスーパーキャッチです。
横浜のブレット・ハーバー選手の放った右中間への打球を、センターを守っていた天谷さんがフェンスによじ登り、エビ反りになりながらキャッチしたのです。
元駐米大使で英語に堪能な加藤良三NPBコミッショナー(当時)は、このプレーを「シュリンプマン・キャッチ」と命名しました。
「捕っちゃった本人が一番びっくりした」と天谷さん。こう振り返りました。
「ピッチャーとバッターの力関係で、僕は大胆に守備位置を変えるタイプ。(フェンスまで)何歩と計算しているわけではありませんが、ピッチャーが投げる前にカウントを見て、後ろのフェンスまでの距離がどのくらいかは絶対に確認するようにしています。それが良かったのでしょう」
バックスクリーンへのホームランと1イニング2盗塁。21年前の桜美林戦での活躍がなければ、今の天谷さんはありません。その意味で、甲子園は夢をかなえる舞台でもあるのです。
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