「口は災いの元」という成句があります。<不用意な発言は自分自身に災いを招く結果になるから、言葉は十分に慎むべきだという戒め>(故事ことわざ辞典)。プロ野球においては、1989年の読売ジャイアンツ対近鉄バファローズの日本シリーズで、近鉄の加藤哲郎投手が口にした「巨人はロッテより弱い」という発言が思い出されます。
第3戦で勝利投手となった加藤投手は試合後のお立ち台で、こう声を弾ませました。
「(巨人打線は)大したことなかったですね。打たれそうな気がしなかった」
「シーズン中のほうが、よっぽどしんどかった。相手も強いし……」
刺激的な言葉を次から次に口にした加藤投手ですが、件の発言はなかったように思われます。
ところが、翌日の読売新聞(89年10月25日付け)には、次のようなコメントが掲載されたのです。
<今の巨人なら、ロッテのほうが強い。このチームに負けたら西武、オリックスに申し訳ないよ>
朝、この発言を目にした巨人ナインが激怒したのは言うまでもありません。これが巨人の大逆転勝ちの伏線となった、というのが、なかば“定説”となっていますが、それはよくあるナラティブ(物語)のひとつと考えた方がよさそうです。
実際、本人に確認すると、「(巨人は)ロッテより弱いんちゃうの?」という記者の質問に「そりゃ、ロッテに失礼や」と答えたそうです。あくまでも口にしたのは「どっちが怖いか言うたら、ロッテのほうやな」。それが「“巨人はロッテより弱い”になってしまった」というのです。
この手の話は高校野球にもあります。95年センバツ、2回戦で初出場の観音寺中央高(現観音寺総合高・香川)は強豪の東海大相模高(神奈川)と対戦します。下馬評では東海大相模有利。一方的な試合になるのではないか、と予想する者もいました。
メンバーを見れば、両校の力の差は歴然としていました。東海大相模の4番は95年のドラフトで巨人から1位指名を受ける原俊介選手。5番は96年ドラフトで中日ドラゴンズから2位指名を受ける2年生の森野将彦選手。まさにエリート集団です。余程自信があったのか、試合前、同校の村中秀人監督は「(観音寺中央は)ウチの2軍でも勝てる相手」とつい、口を滑らせてしまったのです。
村中監督と言えば、東海大相模時代、原辰徳さん(現巨人監督)や津末英明さん(日本ハム―巨人)らとともに甲子園を沸かせ、75年の春にはサウスポーのエースとして準優勝を果たしています。
この発言に激怒した観音寺中央ナインは……と言いたいところですが、選手たちは何の反応も示さなかったそうです。
橋野純監督は、こう語っていました。「いや、ウチはそう言われても仕方のないチーム(笑)。だから反発しようとか、そういう気は全くありませんでした。実力からすれば負けてもともと。だからプレッシャーもありませんでした」
試合は、予想外の展開をたどります。初回、押し出しで先制した観音寺中央は3回にも2点を追加し、守っては久保尚志投手が、丁寧なピッチングで、強打者揃いの東海大相模に的を絞らせません。四国勢らしく試合運びに長けた観音寺中央は、8回にも3点を追加し、終わってみれば6対0の完勝でした。
これで勢いに乗った観音寺中央は、決勝でこれまた優勝候補の銚子商高(千葉)を4対0で退け、初出場初優勝を果たしてしまうのです。あれよあれよという間の快進撃でした。
今になって思います。村中監督は、甲子園の恐ろしさを誰よりもわかっている人です。それなのに、なぜ、あんな発言を……。意図は別にあったのかもしれません。
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