
今年の夏の甲子園は沖縄県代表の沖縄尚学が決勝で日大三(西東京)を3対1で破り、初優勝を果たしました。同校はセンバツでは1999年と2008年、2度の優勝を誇ります。すなわち甲子園の決勝での勝率は10割ということになります。99年の優勝チームのキャプテンで、現在は広島カープ球団職員の比嘉寿光さんに話を聞きました。
――夏は初優勝、おめでとうございます。
比嘉 ありがとうございます。私は今、ファームに付いており、たまたま尼崎で阪神と試合があったため、こっちに来ていました。アルプススタンドから見ていたのですが、攻守にバランスのとれたチームだと思いました。テレビで1回戦から見ていたのですが、ピッチャーもいいし守りも固いので、これはひょっとするとひょっとするかも、と……。
――決勝の日大三戦、3対1のリードで迎えた9回裏、1死一、三塁でショートの前に強烈な打球が飛びました。
比嘉 あれはハーフバウンドの難しい打球ですよ。プロの選手でも処理するのに慌てるような打球。それを上手にさばき併殺で試合終了。最後まで野手が2年生のピッチャーを盛り立てていましたね。
――左の末吉良丞君と右の新垣有絃君。末吉君が34イニングを投げ、防御率1.06。新垣君が22イニングを投げ、防御率0.82。ダブルエースといっても過言ではない素晴らしい内容でした。
比嘉 まず末吉君ですが、僕は興南(沖縄)出身のオリックス宮城大弥に重ねて見ていました。末吉君も宮城同様、身長はそう高くありません(末吉175センチ、宮城171センチ)が、投げっぷりがいい。末吉のがっちりした下半身を見ていると、相当走り込んだことが窺えます。センバツに比べると制球力が安定し、スタミナも増した。まだまだ伸びると思いますね。
――もうひとりの新垣君は?
比嘉 末吉君が宮城なら、新垣君は同じオリックスの山岡泰輔ですね。タテに落ちるスライダーは独特の軌道で、初見であのボールを打つことはまず不可能でしょうね。ストレートのスピードがあと5キロ増せばプロも放ってはおかないでしょう。
――ところで監督の比嘉公也さんは99年のセンバツ優勝時のチームメイトで、左のエースでした。
比嘉 大会期間中はグループLINEで、ずっと励ましていました。今はクールなイメージですが、選手時代は、よくしゃべるタイプでした。僕たちは金城孝夫監督の指導を受けたのですが、私生活面から厳しく指導されました。試合をしている時の方が、むしろ楽しく感じられたくらいです。そうした面を比嘉監督も受け継いでいるように思いました。
――そういえば99年のセンバツ優勝時もピッチャーは2人いました。
比嘉 そうです。左の比嘉と右の照屋正悟です。決勝の水戸商(茨城)戦は照屋が完投しました。
――自らの成功体験が生きたということでしょうか。
比嘉 そうでしょうね。夏の甲子園となると、1枚じゃとても勝てませんよ。今の猛暑を考えると、2枚でも、まだ足りないくらいですから。
――2年生エースが2枚。来年も楽しみですね。
比嘉 楽しみではありますが、“勝って当然”と思われるチームを率いるのは大変だと思います。今後はどのチームからも目の仇にされるでしょう。そうした試練を乗り越えて甲子園に出てきたら、それだけで快挙ですよ。
――戦後80年、沖縄尚学の優勝は沖縄県全体にとっても慶事でした。
比嘉 沖縄県勢の優勝は10年夏の興南が最後。しばらく優勝から遠ざかっていたことで、“沖縄にいても優勝できない”というムードが生まれ、中学卒業後に県外に出ていく子が多かった。そうした流れにストップがかかるんじゃないでしょうか。その意味でも今回の優勝は、沖縄の野球界全体にとって価値があったと思います。
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