
長い歴史を誇るメジャーリーグにおいてルーキーイヤーでホームラン王に輝いた選手は、80年代以降は3人しかいません。ア・リーグは1987年のマーク・マグワイヤさん(当時オークランド・アスレチックス)、2017年のアーロン・ジャッジ選手(ニューヨーク・ヤンキース)、ナ・リーグは2019年のピート・アロンソ選手(当時ニューヨーク・メッツ)。そんな“偉業”に挑んでいるのが今季からMLBでプレーしているシカゴ・ホワイトソックスの村上宗隆選手です。4月21日(現地時間)のアリゾナ・ダイヤモンドバックス戦(チェイス・フィールド)で4試合連続となる9号を放ち、目下ア・リーグのホームランランキングでヨルダン・アルバレス選手(ヒューストン・アストロズ)に次ぐ2位に付けています。
村上選手のバットが火を噴いたのは、ホワイトソックスが4対0とリードして迎えた2回表2死無走者の場面です。右腕メリル・ケリー投手の内角低めのチェンジアップを振り抜くと、打球は高々とライトスタンドに舞い上がり、照明の中に消えていきました。打った瞬間、ホームランとわかる飛距離約130メートルの豪快な一発でした。
変化球を打とうが真っすぐを打とうが、軸のブレないスイングは、さすがというしかありません。いったい、どのようにして身に付けたのでしょう。推測も交えて言えば、リトルリーグから高校(九州学院・熊本)にかけて、彼がキャッチャーをやっていたことと、無関係ではないような気がします。
というのも、プロに入ってキャッチャーから外野手に転向し、引退後は打撃コーチとして名を馳せた金森栄治さんから、かつて、こんな話を聞いたことがあるからです。
「キャッチャーは、他の野手とは鍛え方が違う。ボールを受けると1球1球立ち上がってピッチャーに返す。下半身が強くなる。だからキャッチャーから野手に転向して成功する選手は少なくないんです」
たとえば名球会に名を連ねる選手を見ても松原誠さん、小笠原道大さん、和田一浩さん、江藤慎一さん、衣笠祥雄さん、大杉勝男さんらはキャッチャーから野手への転向組です。
話を村上選手に戻しましょう。リトルリーグ時代、村上選手にキャッチャーをやらせた吉本幸夫さん(熊本東リトルシニア監督)によると、「肩が強く、盗塁阻止率も高かった」そうです。
加えて「打撃にもプラスになった」と吉本さんは言います。
「たとえばピッチャーがフォアボールを出して、ここはマウンドに行った方がいいなと、思うと、ムネはタイムをかけて自分でピッチャーのところへ行って励ましたり、間を取ったりしていた。野球を広い視野で見ることができるようになったのは、その後の大きな財産になったと思われます」
九州学院ではキャッチャーとファーストを守りました。
村上選手の活躍が一躍クローズアップされたのが高校1年夏の甲子園熊本県予選です。第1戦の東稜戦で、いきなり満塁ホームランを放ったのです。
九州学院・坂井宏安監督(当時)の回想です。
「公式戦初打席が無死満塁です。正直、それだけでも驚きました。よりによって、こんなところで回ってくるのか。これは何かあるぞと……。走者一掃(のロングヒット)ぐらいはあるかな、と思っていました。
そうしたら、何を間違ったかバックスクリーンですよ。熊本の藤崎台球場は、昔は日本で最もホームランの出にくい球場のひとつと言われていた。その藤崎台の一番遠いところにブチ込んだ。放物線を描くような大きな当たりでした」
坂井さんによると、その頃、藤崎台球場の外野席は芝の張り替え作業を行なっており、係員といえども中には入れなかったそうです。
「係員が入ったのが5回のグラウンド整備の時、それまで、ずっとボールは落下地点に置かれたままでした」
まるで漫画のような話です。
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