
智弁和歌山の5年ぶり4回目の優勝で幕を閉じた第108回全国高校野球選手権大会。注目されたのは、今大会から導入されたビデオ検証制度でした。結論から言えば、大過なく、事はスムーズに運んだと言えそうです。
ビデオ検証は全48試合中17件。ほぼ3試合に1件のペースでした。17件のうち判定が覆ったのは6件。成功率は3割5分3厘。当初、「半分程度は判定が覆るのではないか」(甲子園での審判経験者)と見られていただけに、高校野球の審判の優秀さが証明されたと見ていいでしょう。
ビデオ判定が明暗を分けたのは、8月8日に行なわれた1回戦の東日本国際大昌平(福島)対白樺学園(北北海道)戦です。
1対1の同点で迎えた9回表、東日本国際大昌平は、2死一、二塁と勝ち越しのチャンスを迎えます。しかし、白樺学園の2番手右腕・後藤健投手は冷静でした。二塁走者のリードが大きいと見てとったのでしょう。二塁へ矢のような牽制球を投じます。二塁審判の判定は「アウト」。3アウトとなり、チャンスは潰えたかのように思えました。
ここで東日本国際大昌平の江井康胤監督は、滑り込んだ二塁走者の「セーフだ」との合図を受け、ビデオ検証を要求します。映像をチェックした結果、判定が覆り、試合は2死一、二塁のまま続行。直後、2番打者のレフト前タイムリーが飛び出し、2対1。9回裏を無失点に封じた東日本国際大昌平が1回戦を突破しました。
試合後、同校の江井監督は「(二塁ランナーの)小内壱晟がセーフだとシグナルを送ってくれたので勝負をかけた」と語りました。
他方で制度利用が不発に終わったケースもありました。8月15日、3回戦の天理(奈良)対高川学園(山口)戦です。3対4と1点ビハインドの6回裏、高川学園は2死一、二塁と一打同点、または逆転のチャンスを掴みます。ここで9番打者の放った打球はファーストゴロ。投手が一塁ベースをカバーし、アウトが宣告されましたが、微妙なタイミングでした。
少し間をおいて高川学園・松本祐一郎監督はビデオ検証を審判に求めました。だが、審判団は「速やかな要求ではない」として、これを却下。松本監督は「もっと早く判断してお願いするべきだった」と反省しきりでした。試合は6対3で天理が勝ちました。もし判定が覆っていたら、試合の行方に大きな影響を与えていたでしょう。その意味では、高くついた授業料だったと言えるかもしれません。
高野連が新制度を導入した背景には、正しい判定の追求に加え、近年、問題になっているSNS対策がありました。誰もが自由に自らの意見を発信することができる今の時代、それが甲子園大会の盛り上がりに一役買っている一方で、行き過ぎも散見されます。特定の審判に対する誹謗中傷は増加の傾向にあります。
数年前、ある高校野球の審判員から、こんな悩みを聞いたことがあります。
「僕たちだって神様ではないのだから、(判定に)間違いがない、とは言い切れません。昔は“誤審も野球の一部”と許してもらえましたが、今は映像付きでひとつの判定ミスが出回り、叩かれる。僕だけならまだいいのですが、累が家族に及ぶこともある。口にこそ出しませんが、仲間の審判員の中には、(判定を批判されて)うつ状態になっている者もいました」
スポーツ史上、最も有名な“誤審”といえば、1986年メキシコでのサッカーW杯です。準々決勝のアルゼンチン対イングランド戦でディエゴ・マラドーナさんが演じた“神の手”は今も語り草です。ヘディングに見えた先制ゴール、実は左手ではたき落としたものでした。
このシーンについては、サッカーファンでなくても覚えているはずです。一方で、“誤審”を犯したレフェリーのことは、どれだけの人が記憶しているでしょう。
マラドーナさんの“神の手”を見逃したのは副審のボグダン・ドチェフさんというブルガリア人でした。イングランドの人々の怒りを買ったドチェフさんは、やがて、精神的に追い詰められ、強いストレスを抱えながら、その後の人生を送ったと言われています。
「あのプレーが私の人生を台無しにした」
ドチェフさんの晩年の言葉です。
今のようなVAR制度があれば、ドチェフさんのその後の人生は、もっと希望にみちたものになっていたはずです。
二宮清純データが取得できませんでした


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