二宮清純コラム プロ野球ガゼット
2017年4月25日(火)更新
14:00
四国ILから這い上がってきた男
巨人・篠原慎平は”育成の星”か!?

首位・広島を追う巨人のブルペンに新戦力が加わりました。4月19日、プロ初登板で初勝利をあげた篠原慎平投手です。篠原投手は17日に育成選手から支配下登録されたばかりでした。育成選手の初登板初勝利はプロ野球初の快挙です。早速、篠原投手のデビュー戦を振り返りましょう。
"山あり谷あり"の野球人生
鹿児島で行われた巨人対ヤクルト戦、この日、巨人の先発は高木勇人投手でした。1-0で巨人がリードして迎えた2回裏、送りバントを試みた高木投手が打席でボールを右手に受けて指を負傷しました。この緊急事態に3回からマウンドに上がったのが篠原投手です。
ヤクルトの攻撃は8番から始まりました。篠原投手は先頭の西浦直亨選手をフォークボールで三振に切ってとりましたが、9番のデービッド・ブキャナン投手にヒットを許し、続く1番・山崎晃大朗選手にはフォアボールを与えました。2番・谷内亮太選手への初球はワイルドピッチで1死一、三塁。いきなりピンチを背負いましたが、落ち着いて谷内選手をサードゴロに仕留めゲッツーで事なきを得ました。
その後、4回、5回もヒットを浴びはしたものの、バックの好守に助けられ無得点に抑えました。篠原投手の後を受けた救援陣の踏ん張りもあり巨人が1-0で逃げ切りました。結果、篠原投手に嬉しい初勝利がつきました。
「ピンチばかりで野手の方の守備に助けられました。運もあったと思います」
これ以上ないかたちでデビューを飾った篠原投手は以降、貴重な中継ぎとして起用されています。21日と23日、東京ドームの阪神戦にも登板しました。いずれもリードされた場面でしたが無安打、無失点で次のピッチャーにバトンを渡しています。
篠原投手の球歴は一風変わっています。彼は14年オフ、育成ドラフト1位で巨人に指名されました。前所属は香川オリーブガイナーズ、四国アイランドリーグplusの球団です。四国時代の彼は文字どおり"山あり谷あり"でした。
篠原投手は少年時代からボーイズリーグでエースとして鳴らしました。川之江高校(愛媛)では2年夏に県大会ベスト4まで進み、当時からプロのスカウトの注目を集めていました。だが野球部内の不祥事に巻き込まれて野球部を退部。それでも野球を諦められなかった篠原投手は08年、伝手を頼って地元の愛媛マンダリンパイレーツに入団しました。
愛媛では1年目から19試合に登板して4勝3敗、防御率 3.36。NPBドラフトの指名を夢見て、2年目以降も主力としてチームを支えました。だが3年目の春から肩に痛みを感じるようになりました。痛みをごまかしながらマウンドに上がり続けていた篠原投手でしたが、やがて10mの距離も投げられなくなったといいます。診断の結果は右肩関節唇の断裂……。
「手術をしても投げられるかどうかはわからない。でも手術をしないと投げられない。それならやるしかないと決心しました」
手術を受けた篠原投手は11年シーズンをリハビリに費やし、12年に復帰しました。だが球威もキレも以前のものではなく、その年のオフには自由契約となりました。それでもNPBへの夢を絶ちきれずに、四国ILのトライアウトを受けました。捨てる神あれば拾う神あり----。肩にメスを入れた彼を拾ったのが香川の当時の投手コーチ、伊藤秀範さん(元東京ヤクルト)でした。
「1イニング限定」で復活
以下は伊藤さんの回想です。
「ケガをする前の篠原を見たときは"すごいピッチャーがいるな"と感心したもんです。それがトライアウトで見たら変な投げ方になっていました。痛めた右肩をかばって左肩が開いてしまうんです。球威もスピードも全然……。それでたまらずに"肩の開きを抑えてみたらどうか"と伝えたんです。そうするといきなり142キロを出しました。僕は試験官だったので本当はアドバイスをしてはダメなんでしょうけどね(苦笑)。ポテンシャルは高いからちゃんと教えられれば復活するかもしれない。そう思って西田(真二)監督に獲得を進言しました」
香川入団後、篠原投手は肩に負担のかからないフォームに矯正しました。13年に復活して23試合に登板、3勝6敗、防御率4.12の成績を残しました。
「復帰戦に投げたときの喜び、達成感は忘れられません。やっと戻ってこられた、と。ただそれだけで満足し、投げられるだけで良かったと感じてしまったのも事実でした」
篠原投手は、そう語ったものです。それでも「(思い切り投げると)また肩を負傷するんじゃないか。痛みが出たらどうしよう……」という恐怖心から逃れられなかったといいます。
その恐怖心を払拭したのも伊藤さんでした。14年前期、首脳陣は篠原投手を先発から抑えに転向させました。「1イニング限定なら大丈夫。肩を使って思い切り投げろ」という伊藤さんのアドバイスが功を奏し、このシーズン、篠原投手の球速はマックスで153キロに達しました。そして秋のドラフトで育成ながら指名された篠原投手は目に涙を浮かべていました。不遇の日々が脳裏に甦ったのかもしれません。
さて篠原投手の巨人での活躍を誰よりも喜んでいるのが香川・西田真二監督です。早速、電話をすると「篠原の話ですよね」と向こうから切り出してきました。
「篠原はケガ、手術、そして約2年間のリハビリでよくあそこまで来ましたよ。彼の課題はコントロールだったんです。14年のドラフトで育成指名だったのはそこを見られたからでしょうね。とにかく投げてみないと分からない、試合によって波があったんですから。指名されて満足するなよ、支配下選手になるんだぞ、活躍しろよ、と願っていましたが本当にここまで成長してくれて良かったですよ」
西田さんは愛弟子のことを我がことのように喜んでいました。
「香川からは又吉(克樹・中日)もNPBに進んでいます。香川、そしてアイランドリーグには他にもいい選手がいっぱいいるのを忘れんとってくださいね」
育成出身のピッチャーといえば先のWBCで名を上げた福岡ソフトバンクの千賀滉大投手や、巨人のセットアッパーの山口鉄也投手がすぐに思い浮かびます。彼らに続く"育成のスター"になってもらいたいものです。

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