二宮清純コラム プロ野球ガゼット

2019年2月26日(火)更新

15:00

<平成プロ野球史②>
20世紀最後の宮崎キャンプで見た「熱狂」
「背番号3」長嶋茂雄のワンマンショー

Photo

 長いことキャンプ取材をやっていますが、あれほどの熱狂は見たことがありません。おそらく今後もないのではないでしょうか。

県外ナンバーで渋滞

 2000年(平成12年)2月12日。この日は宮崎での巨人のスプリングトレーニングがスタートして12日目の土曜日でした。今日こそ長嶋茂雄監督が「背番号3」を披露するだろうとのウワサが駆け巡り、球場へ向かう道は県外からの車であふれていました。

 前年12月、FA権を行使して江藤智選手が巨人に移籍しました。江藤選手が付けていた背番号が奇しくも長嶋さんと同じ「33」ということもあり、その番号を譲るかわりに元の「3」に戻る----。ただそれだけの話ですが、それをドラマにしてしまうのが長嶋さんのすごいところです。

 知り合いのテレビカメラマンは宮崎に来て5キロも痩せたと言って、私に2つも縮まったベルトの穴を見せました。「長嶋さんが走れば一緒になって走る。長嶋さんを見失えば、血眼になって探す。こんな生活があと3日も続けば、間違いなく自分はダウンするだろう」と自嘲気味に語っていました。

 かくして、世にも不思議な“背番号狂騒曲”は長い長いイントロを終え、いよいよクライマックスを迎えようとしていました。午後2時半。長嶋さんは白い車で颯爽とグラウンドに乗りつけました。ポケットから黒い革手袋を取り出して、いつものように左手、右手の順にはめていきました。

 全国から集まった“長嶋信者”が今か今かと待ち受けるなか、ついに長嶋さんは右手でジャンパーのファスナーを一気に引き下げました。「オーッ」というどよめきの後、地鳴りのようなスタンディングオベーションがグラウンドを包みました。

「おい、この幸せ者!」

 ネット裏の中年男性がサードでノックを待つ江藤選手に向かって叫びました。言うまでもなく主役は長嶋さんで、江藤選手は“刺身のツマ”以外の何物でもありません。ついでに言えば、ノックのボールを供給する篠塚和典コーチ、受け手を励ます原辰徳コーチは、相撲にたとえれば太刀持ちと露払いのようなものでした。時代劇の「水戸黄門」なら助さん、格さんの役割です。

主演かつ演出家

 ノックは練習というより多分にショー的要素を含んだものでした。

「江藤、少しは暖まってきたか?」

「流すなよ、流すなよ」

 江藤選手がイージーなゴロを捕り損ねると、すかさずこんな檄が飛びました。

「大介(元木)に勝てないぞ! 今のを捕らにゃ!」

 ノックは30分を過ぎたあたりから、さらにボルテージが高まりました。

「江藤、オレに負けるなよ。ノッカーにかかってこい!」

「オレは死に球は打ってないぞ。死に球はなっ!」

 ノックを見ているうちに、私は長嶋さんの存在感に圧倒されそうになりました。やがてノスタルジックな思いが甦ってきました。還暦を三つも過ぎていながら、バットを振るその瞬間だけは現役時代と何ひとつ変わっていないことに気付いたのです。

 長嶋さんは普通のノッカーがそうするように、右手でボールをトスしません。左手でボールをトスし、素早くその手でグリップエンドを握るのですが、この時のトップの位置が恐ろしいほどピタリと決まるのです。

 さらにはスイングした瞬間、右肩から左腰にかけてユニフォームに流線型のシワが寄ります。このシワは動的な美しさを表しており、まさにバットを振り抜いた直後、私たちの目は背中の「3」に釘付けになるという寸法です。

 26年ぶりの「背番号3」を目の当たりにして、なぜ、少年時代、あれほどまでに長嶋茂雄が好きだったのか、やっと謎が解けました。つまり「背番号3」は躍動の象徴だったのです。「3」という背番号そのものが美しいのではなく、長嶋さんの躍動感に魅了されていたのです。

 ノックも終わりに近づいた頃、長嶋さんは火の出るようなライナーを三塁線上に放ちました。打球は江藤選手のグラブをかすめ、ファウルグラウンドに転がりました。

 その瞬間です。長嶋さんは例のカン高い声でこう叫びました。

「捕ってくれよ、今のは。あの角度への打球は二度と打てないんだよ」

 打ちも打ったり、捕りも捕ったり----。おそらくこの打球を江藤選手が見事に捕球した瞬間、長嶋さんはショーを終わりにするシナリオを描いていたのでしょう。長嶋さんはこのショーの主役でありながらプロデューサーでもあったのです。

K.Ninomiya二宮清純
                                                   

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二宮清純

国内外で幅広い取材活動を展開し、独自の視点からスポーツジャーナリストとして切れ味のよいコメントを繰り出す。毎週火・金更新。

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