二宮清純コラム プロ野球ガゼット
2020年12月18日(金)更新
15:00
内川聖一、ヤクルトで「もうひと花」
25年前の辻発彦と重なる“無形の力”

東京ヤクルトは11日、福岡ソフトバンクを退団した内川聖一選手と1年契約を結んだことを発表しました。背番号は7。来年8月で39歳、プロ21年目を迎えるベテランにとっては11年ぶりのセ・リーグ復帰となります。
「力を貸してほしい」
内川選手といえば、2014年に週刊ベースボール誌が実施した「球界202人が選んだ!最強打者ランキング」で1位を獲得したスラッガーです。セ・パ両リーグで首位打者に輝いたのは江藤慎一さんと内川選手の2人だけです。今季は開幕前から不振が続き、2軍暮らしを余儀なくされましたが、打率3割2分7厘を記録するなど格の違いを見せつけました。
それでも、1軍からお呼びがかからなかったのは、工藤公康監督から「戦力外」と見なされたからです。「声がかからなかったのは残念。でも僕の中でやりきるだけのことはやった。だからこそ次に向かって進む気持ちになった」と語る内川選手にとって、シーズン終了と同時にユニホームを脱ぐという選択肢はなかったでしょう。
その内川選手、ヤクルト入団の理由をこう語りました。
「ヤクルトから連絡が来たのは7日。(交渉解禁になる)トライアウト後にすぐに連絡をいただきました。“力を貸してほしい”と。連絡をもらったときは正直、ホッとしました。どういうかたちになるのか選手として不安なところもあったけど、力を必要としてくれる球団があったことにホッとしました。ヤクルトの印象はファミリー感があり、チーム一体になって勝ちを目指していると外から見て感じていました。チームの輪の中で勝利に貢献できるように頑張りたい」
交渉にあたったのは小川淳司GMです。
「うちにあれだけの技術のある右打者はいないし、実績は申し分のない。チームの力になってくれると思っています」
内川選手の入団はヤクルトにとってプラスか、マイナスか。私が思い出すのは95年オフに西武から移籍した辻発彦さん(現埼玉西武監督)の例です。
辻さんといえば西武黄金期を支えたいぶし銀の内野手です。セカンドで8度のゴールデングラブ賞に輝きました。また勝負強いバッティングにも定評があり、93年には首位打者と最高出塁率のタイトルを獲得しています。
プレー以外でも貢献
その辻さんも徐々に出場試合数が減り、95年オフ、若返りを理由に戦力外通告を受けます。このとき、辻さんは37歳でした。
現役続行にこだわる辻さんに声をかけたのが、ヤクルトの野村克也監督でした。「再生工場」の異名をとるノムさんは、移籍1年目の96年、辻さんを主に「3番セカンド」で起用し、見事に復活させました。期待に応えた辻さんはキャリアハイとなる打率3割3分3厘をマークしました。中日のアロンゾ・パウエル選手の打率を7厘下回ったことで首位打者にこそなれませんでしたが、もしパウエル選手に競り勝っていたら、内川選手より15年早く、史上2人目となる両リーグでの首位打者誕生という運びになっていました。
ところで辻さんのチームへの貢献は、自らのパフォーマンスだけにとどまりませんでした。長い現役生活で習得した技術や知見を惜しげもなく後輩たちに伝授していました。ノムさん言うところの“無形の力”です。
たとえば二遊間を組んだショートの宮本慎也選手に対しては自らの肩が衰えたこともあって、的確に守備位置を指示していました。それでいながら、外様の立場をわきまえ、後輩を立てることも忘れませんでした。宮本選手に対するコメントを求めると、こう返ってきたものです。
「彼はプレーの先を読むことができる。あれは僕が晩年で腰を痛めていた時のことです。二遊間のゴロを捕っても反転して投げられない。すると宮本がスッと現われ、僕からのグラブトスを受け、代わりに一塁に送球してくれた。あらゆるケースを想定し、頭の中で整理しながら、最善の動きを選択する。これが名手と呼ばれるプレーヤーなんです」
内川選手に話を戻しましょう。ノムさんの愛弟子である高津臣吾監督から「チームの無形の力になってくれ」と頼まれていることは想像に難くありません。「ヤクルトは僕にとって最後の道になると思う。もうひと花、咲かせたい」との言葉が頼もしく感じられるのは私だけではないでしょう。

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