二宮清純コラム プロ野球ガゼット
2019年1月25日(金)更新
15:00
<平成プロ野球史①>
第1回WBCを制した王貞治の執念
“世紀の誤審”で沸騰した日本世論

福岡ソフトバンクの王貞治球団会長が、さる18日、東京・千代田区の日本記者クラブにおいて「平成を振り返る」というテーマで会見を行いました。
野球の国・地域別対抗戦ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)がスタートしたのは2006年(平成18年)のことです。王貞治監督率いる日本代表は初代王者に輝きました。
イチローへの思い
その時の思い出を、王さんは、こう語りました。
<「われわれとしては(各球団の)手を挙げてくれた選手と戦うということになりました。イチロー君が一番最初に僕に電話をくれて、『出ますよ』と言ってくれた。韓国戦で負けて選手たちの闘争心に火が付きました。(現地の)キャンプで日本の選手たちも段々やれると思うようになった。奇跡のようにキューバに勝ちました」>(共同通信2019年1月18日配信)
<「これは余談ですが、第1回というのは(私は)強いようです。みんなが日の丸に向かって、勝つということに向かっていく選手たちの姿が頼もしかったです。20年五輪も、ものすごい力を発揮してくれるのではないか」>(同前)
昨年までに4大会を終え、今でこそWBCを知らない人はいなくなりましたが、創設当初は、「それってボクシング?」と首をひねる人がほとんどでした。
私が王さんにインタビューを試みたのはWBC本番1カ月前、場所は宮崎でした。そこでは福岡ソフトバンクがキャンプを張っていました。
WBCについて、王さんはこう語りました。「サッカーのW杯だって、今は隆盛を極めていますが、最初は13カ国しか参加しなかったんでしょう。将来的にはWBCもサッカーのW杯のようになればいい。
確かに野球はルールも難しいし、用具代などおカネもかかる。そういう理由もあって、今は世界的なスポーツとは言い難い。だけど、こういう大会を通じて長い時間をかけて野球の魅力を訴えていけば、いつかは理解されるようになると思うんです。
そうでなくても野球は2012年ロンドン五輪の実施競技から除外されたり、取り巻く環境は年々、厳しくなってきている。最初から完璧な大会にするのは難しいと思うけど、幸いWBCは4年おきで行われる(編注・第2回大会は2009年、以降4年おきに開催)。うまくいかない部分があれば次の大会までに改善しておけばいい。とにかく続けていくことが大切だと思います」
デービッドソン球審
王さんの“戦う姿勢”がクローズアップされたのは第2ラウンドの米国戦でした。3対3の同点の8回、一死満塁の場面で、岩村明憲選手はレフトに浅いフライを打ち上げました。サードランナーの西岡剛選手がスタートを切り、日本に待望の勝ち越し点が入ったように見えました。
ところが、です。あろうことか米国代表のバック・マルティネス監督から「離塁が早い」と抗議を受けたボブ・デービッドソン球審が二塁塁審の下した「セーフ」の判定を覆してしまったのです。
「球審、塁審に関係なく、審判は同じ権限を持っている。一番近いところで見ている審判のジャッジを球審が変更するのはおかしい。長いこと野球をやっているが、こんなことは初めてだ!」
王さんが激怒したのは当然です。タッチアップの際の離塁が早かったか遅かったかを判断する最終的な権限は球審にあるとはいえ、一度、二塁塁審が下したジャッジを変更するには、正当な理由が必要です。しかし、残念ながら、それは最後まで示されませんでした。
結局、この試合、米国に3対4でサヨナラ負けを喫しましたが、良心の呵責に耐えかねたのか、試合後、苦笑を浮かべる選手たちが少なくありませんでした。
「日本の監督がルー・ピネラだったら帽子を投げ飛ばして抗議していただろうね」(デレク・ジーター/ヤンキース)
「今日のMVPは監督のバックだよ」(アレックス・ロドリゲス/ヤンキース)
日本人からすれば、デービッドソンという審判、とんだくわせ者でしたが、この一件により、世論は沸騰しました。以降、テレビ視聴率は日を追って上昇し、準決勝の韓国戦では36.2%(関東地区)、決勝のキューバ戦では視聴率は43.4%(同)を記録したのです。キューバ戦での瞬間最高視聴率は実に56.0%にまではね上がりました。
日本人は「忠臣蔵」や「水戸黄門」のように、数々の痛苦に耐えながら、最後に本壊を遂げるという物語を好みます。そのためには打倒の対象となるヒールの存在が不可欠です。まさに、そのはまり役がデービッドソン球審だったのです。皮肉を交えて言えば、第1回大会成功の陰の立役者だったと言えるかもしれません。

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