二宮清純コラム プロ野球ガゼット
2018年7月6日(金)更新
14:00
大谷翔平を復帰させた「PRP」とは?
日本人投手を襲うスライダーリスク

右ヒジの内側側副靱帯損傷で戦列を離れていたエンゼルスのツーウェイ・プレーヤー(二刀流)大谷翔平選手が、7月4日(日本時間。以下同)、マリナーズ戦で復帰を果たしました。6番DHでスタメン起用され、初戦こそノーヒットに終わったものの、翌5日の試合では二塁打1本を含む2安打をマークし、勝利に貢献しました。
田中将大も受療
試合後のコメントは以下のとおりです。
「チームを離れてもどかしい気持ちでいて、1日でも早く戻りたいと思っていたので、復帰できて良かった。打席の感覚もよくなっているので、実戦の中で前に進んでいるかなと思います」
大谷選手がヒジの違和感を訴えたのは約1カ月前のことでした。6月6日、ロイヤルズ戦で先発したものの、4回、63球で緊急降板。当初は右手中指のマメが悪化したためと伝えられましたが、その後、右ヒジのハリが明らかになりました。検査の結果、靭帯に損傷(グレード2=部分断裂)が認められ、9日に故障者リスト(DL)入りしました。このとき、大谷選手が受けたのが「PRP注射」と呼ばれる治療法でした。
PRP注射とは、プレートレット・リッチ・プラズマ=多血小板血漿。すなわち自分の血液から遠心分離機で取り出した血小板を患部に注入する治療法のことです。自己治癒力を高めて靭帯の早期再生を促します。自分の血液を使うために副作用も少なく、また靭帯再建手術、いわゆるトミー・ジョン手術と比べて短期間で復帰できるのがメリットだと言われています。2014年7月、メジャー挑戦1年目のヤンキース田中将大投手も右ヒジ靭帯の部分断裂と診断され、直後にこの治療を受けました。田中投手は2カ月半後に実戦復帰を果たしています。
エンゼルスは大谷選手のDL入りにあたり、こう説明しました。
「今はPRP注射で経過を見守る段階。トミー・ジョン手術をするかどうか、その後の治療法については3週間後の再検査の結果をもって判断する」
大谷選手は6月28日に再検査を受け、PRP注射による靭帯再生を確認。トミー・ジョン手術の必要はないと診断されました。関係者はホッと胸をなでおろしたことでしょう。
さて今回、大谷選手の件で注目を集めた「PRP注射」ですが、決して靭帯の治療に万能というわけではないようです。
プロ野球選手をはじめ、多くの一流アスリートの治療に関わってきた整形外科医に話を聞きました。
「1ステップずつ」
「今回、大谷選手の復帰報道でPRP注射があたかも万能のような取り上げ方をされているのには、正直言って戸惑っています。というのも、今年6月に行われた日本関節鏡・膝・スポーツ学会(JOSKAS・ジョスカス)でPRP療法に関する演題や講演などが多数ありましたが、ヒジ靭帯の治療に関して、PRP肯定派はそのエビデンスを証明できうる背景を完全には説明できませんでした。またヒジ靭帯の治療にはPRP以外にも、衝撃波治療、超音波治療などがあります。私も以前、ヒジ靭帯のグレード1(靭帯は切れていない)、グレード2(部分断裂)を超音波治療で完治させたことがあります」
----PRPはあくまで治療法のひとつだと?
「そうです。世界的に高名な整形外科医の中にも"PRPは無意味、効果がない"という人がいます。何をしたから治ったと断言することはなかなか難しい。それよりも、今回の大谷選手の故障に関しては治療法以上に気になることがあります」
身を乗り出すようにして整形外科医は続けました。
「ウチを受診していたあるプロの投手は、アメリカ遠征後にヒジを故障したと言って来院しました。大谷選手と同じ靭帯の部分断裂でしたが、日本で投げているときはそんな症状はなかった。いろいろと話しを聞いたら、向こうでスライダーを教わって、投げ始めたというんですね。大谷選手もメジャーリーグでスライダーを投げています。もしかすると、スライダーにヒジの故障の原因があるのかもしれません」
先月末、NHKでオンエアされたドキュメンタリー番組「クローズアップ現代+」で、元メジャーリーガーの岡島秀樹さんはこう語っていました。
<「大谷選手は普通に投げているといいのですが、スライダーを投げるときに体が若干開き、ヒジに負担がかかる。さらに親指が若干、上にいくことで、そこでもヒジに負担がかかっています。アメリカはマウンドが硬く、踏み出した足が滑らない。日本のマウンドでは滑りながら、その間に投げる方のヒジが十分な高さまで上がる。硬いアメリカのマウンドでは足が滑らないのでヒジが低いまま投げて、これも負担がかかる。日本とアメリカのマウンドには違いがあるので、そこがケガの原因かなという感じですね」>(6月27日放映分)
さて気になる"大谷投手"の復帰時期について、エンゼルスのマイク・ソーシア監督は慎重な姿勢を崩していません。
「打者・大谷も投手・大谷もどちらもチームに必要な戦力。チームドクターから情報をもらいながら1ステップずつ進んでいく」
奇しくもマリナーズ戦で30日ぶりに放ったヒットは、大谷選手にとって24回目の誕生日の前祝いとなりました。余りある未来を持つ大谷選手だけに"無病息災"を祈らずにはいられません。

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