11月末に完成した新国立競技場のオープニングイベントが今月21日に行われ、サッカーの三浦知良選手らとともにラグビー界からは先のW杯で史上初のベスト8進出を果たしたジャパンのリーチ・マイケル選手が参加し、6万人の観衆を沸かせました。リーチ選手は「ここでたくさんの試合が行われ、選手のパッション、メッセージを伝えられたらいい」と抱負を語りました。
事実上の引退試合となった旧国立競技場で、胴上げをされた選手がいます。新日鐵釜石の司令塔、そしてプレーイングマネジャーとして日本選手権7連覇に貢献した松尾雄治さんです。
「ロッカールームからコンクリートの階段を駆け上がる時、カツカツと音がするんだ。スパイクのポイントがコンクリートを刻む音なんだけど、あれが忘れられないんだよね。“さぁ、やるぞ!”と心地よい緊張感がみなぎってくる。新国立では、どんな音がするんだろうねぇ……」
そう語る松尾さんの最後の国立での試合は1985年1月15日、同志社大学との日本選手権でした。釜石にはV7がかかっていました。成人の日、国立は6万人を超える大観衆で埋まりました。
「グラウンドに出て、スタンドを見渡したら、階段にまで人が座っていた。あれにはびっくりしたよね」
実は松尾さんは試合に出られる状態ではありませんでした。大一番の直前に都内の病院で左足首の切開手術を受けていたのです。
「水を抜こうとしたところ、注射針から菌が入った。病名は化膿性関節炎。足はパンパンに腫れていて痛いのなんの。浣腸のような太い注射針を入れると、ウミがブワッと吹き出してきた。そこにドレーンというチューブを刺し込んだところ3、4日間ウミが出っ放し。縫うと、またウミがたまるので、結局そのままにしておいたんです」
試合の前々日、キャプテンの洞口孝治さんから松尾さんに電話が入りました。
「マツ、5分だけでも立ってくれないか? オマエがいないと士気が上がらないんだ」
「いや、オレは出ない。こんな走れもしない選手が出ることは相手にもラグビーにも失礼だ」
だが、松尾包囲網は徐々に狭まっていきます。最後は会社の幹部からも、こう懇願されてしまったのです。
「松尾、ファンのためにも出場してくれないか」
松尾さんは納得がいきませんでした。
「そもそも僕らはアマチュアなんですよ。おカネもらってやっているヤツはひとりもいない。それがいきなり“ファンのためにも”と言われても……。まぁ、最後は僕が折れるかたちになってしまったんですけど……」
釜石と同大の頂上決戦はこれが3年連続でした。同大の司令塔・平尾誠二さんには心に期するものがありました。
「やる前は“今年はやれるんちゃうんか”という感じを持っていた……」
前半、患部に麻酔を打って出場した松尾さんの足は棒のようでした。痛みを感じないのはいいとしても、全く言うことをきかなかったのです。
司令塔が機能しない釜石は同大にピッチを蹂躙され、3分、23分にトライを許します。V7に暗雲が立ち込め始めました。
松尾さんの天才的な勝負勘が閃いたのは前半28分です。ラックからのボールを受けた10番は、瞬時に痛めていた左足を振り抜いたのです。まさかのドロップゴールです。
ボールはゴールの左側に切れていきましたが、松尾さんによると「これが逆転の布石になった」というのです。
36分、釜石はFW・BK一体となって攻め込み、左サイドの松尾さんにボールが渡りました。一瞬、大学生たちの足が止まりました。松尾さんのドロップゴールを警戒したのです。
このギャップを松尾さんが見逃すわけがありません。乾坤一擲の飛ばしパスを披露し、トライに結び付けたのです。ゴールも決まり、釜石は12対13と1点差に迫りました。
「相手のウイングの位置が深かった。オレがまた蹴るんじゃないかと思ったんじゃないかな」
勝利の目盛りが大きく釜石に傾いたのは後半19分の永岡章さんのトライです。ゴール前のスクラムから出たボールを、松尾さんはドロップゴールを狙う振りをしながら抜き去り、絶妙なラストパスを送ったのです。終わってみれば、31対17。14点差の完勝でした。
試合後、松尾さんは仲間たちに肩車され、場内を一周しました。それを敵味方なく、大観衆が拍手で祝福しました。
ある意味、松尾さんは、旧国立に最も愛されたラグビー選手だったと言えるかもしれません。
「ひとつのプレーで地響きのような歓声が起きる。あんなスタジアムは国立だけだったね。僕にとっての“聖地”は今も昔も国立だけですよ」
松尾さんの旧国立への惜別の辞です。
19年の当コラムはこれが最後の更新となります。新年は1月9日スタートです。読者の皆さま、ご愛読ありがとうございました。来年もご贔屓に!
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