リーグワン・ディビジョン1のプレーオフトーナメントがいよいよスタートします。13日と14日に東京・秩父宮ラグビー場で準決勝、20日に国立競技場で決勝が行われます。トップリーグ時代を含めプレーオフ出場4チーム中唯一、初の4強入りを果たしたのが横浜キヤノンイーグルス(横浜E)。プレーオフ出場圏内の4位をキープし、同1位でリーグワン連覇のかかる埼玉パナソニックワイルドナイツ(埼玉WK)と対戦します。
古い話で恐縮ですが、巨人をV9に導いた監督の川上哲治さんには“哲のカーテン”という、ありがたくない呼び名がありました。言うまでもなく、これは冷戦時代に旧ソ連を中心とする共産主義陣営が西側諸国に対して行った情報統制策の“鉄のカーテン”をもじったものです。
川上さんが監督に就任するまで、プロ野球の世界では報道陣はグラウンドを自由に出入りし、取材することができました。しかし、これでは練習に支障が生じます。加えて機密情報もダダ漏れになってしまいます。
そこで<勝つためには、練習をしなくてはならない。その練習の場で、監督、コーチ、選手らが、取材ということで、無統制にインタビューされたり、写真をとられていたら、どういうことになるか。まともな練習にならない>(自著『悪の管理学』光文社)と判断した川上さん、特定の場所から報道陣を追い出してしまったのです。
過去の“友好関係”が突然、損なわれてしまったわけですから、当然、報道陣は怒ります。誰が最初に口にしたのかは知りませんが、“哲のカーテン”は、その後、人口に膾炙することになるのです。
この“哲のカーテン”について川上さん本人は、こう述べています。
<ぴったりしたたとえでないかもしれないが、工場で生産するのが試合とすれば、研究開発・訓練にあたるのが練習である。いったいどの会社で、研究開発や訓練の場を勝手に取材させるだろうか。“哲のカーテン”と私をたたいた新聞社だって、記者が書いたり、編集したりする職場はオフ・リミットとなっているではないか>(同前)
今月1日、横浜Eは町田市内の練習場でプレーオフに向けた練習をメディアに公開しました。しかし、全てというわけではありません。報道陣をシャットアウトした練習もあり、囲み取材ではスペシャルプレー(サインプレー)に関する質問が飛びました。
それに対する監督の沢木敬介さんの答えは、こうでした。
「スペシャルプレーを前面に押し出しているわけではありません。ただ何をやってくるかわからないチームということを楽しんでもらえれば、と。それがチームとして値打ちのあることだと思っています」
エディー・ジョーンズヘッドコーチ(HC)が日本代表を率いていた頃、沢木さんはコーチング・コーディネーターとしてサインプレーの設計を任されていました。指揮官のアイデアを仮想敵に対し、ひとつひとつ実用化していくのが沢木さんに課されたミッションでした。
2015年W杯イングランド大会、南アフリカ戦での「府中12」というサインプレーは、今も語り草です。後半28分、フッカー堀江翔太選手のスローインをロックのトンプソン・ルーク選手がキャッチし、スクラムハーフ日和佐篤選手、センター立川理道選手、スタンドオフ小野晃征選手、ウイング松島幸太朗選手と流れるようにパスがわたり、最後はフルバック五郎丸歩選手がインゴール右隅に飛び込みました。
実はこのサインプレーについて、エディーHCには「練習でうまくいった試しがない」と不評だったそうですが、「南アフリカに対しては絶対に有効です」と言い切って、実現させたことで沢木さんの株が上がりました。
サインプレーといえば、プレーオフ準決勝の相手である埼玉WK戦(第6節)で、こんなシーンがありました。5対14の後半7分、ペナルティーを得たロックのコーバス・ファンダイク選手が突進します。ところが、すぐにボールを地面に置き、走り去ったのです。これをスクラムハーフのファフ・デクラーク選手が拾い、フルバックのエスピー・マレー選手にパス。マレー選手は誰にも邪魔されることなくインゴール左中間にトライしました。結局、試合は19対21で敗れたものの、「(サインプレーは)誰が考えたかはご想像にお任せします」と煙に巻いた沢木さんの策士ぶりに注目が集まりました。
ラグビーにおいて報道陣をシャットアウトしての秘密練習は珍しくありません。あるトップリーグ時代の監督は「隠れて練習をやっていると、相手は“また何かやってくる”と疑心暗鬼になる。それだけで意味がある」と語っていました。その意味では“敬介のカーテン”です。土曜日に向け、もう戦いは始まっています。
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