
ラグビー元日本代表フォワードで、京都市立伏見工業高校(現・京都工学院高校)を4度の日本一に導いた山口良治さんが5月29日、脳梗塞のため亡くなりました。83歳でした。
1980年代に一世を風靡したドラマ『スクール☆ウォーズ』で、俳優の山下真司さんが演じた主人公の熱血教師、滝沢賢治は山口さんがモデルになっています。
山下さんは所属事務所を通じ、追悼の意を示しました。
<『信は力なり。愛とは信じ待ち、許すこと』先生が残されたこの素晴らしい言葉は「スクール☆ウォーズ」のファンのみならず、多くの人たちの心に生き続けることでしょう。本当にお疲れ様でした。そしてありがとうございました。ご冥福をお祈り申し上げます>
山口さんは75年に伏見工のラグビー部監督に就任すると、スパルタ指導で選手たちを鍛え上げました。79年度の全国高校ラグビー大会(花園)に初出場。翌80年度には初優勝を果たすなど、監督、総監督としてチームを4度の全国優勝に導きました。
監督就任後、初の公式戦の花園高(京都)戦で、伏見工は0対112と大敗を喫します。平然と敗戦を受け入れる選手たちに向かって「悔しくないのか!」と涙ながらに問いかけながら、「今からお前たちを殴る!」と言って鉄拳を振るうシーンは、ドラマでも再現されました。
今の時代なら、「暴力教師」とレッテルを貼られ、進退問題に発展するところでしょう。「昔だから許された」との冷めた見方もありますが、一方で多くの視聴者の心を掴んだことも事実です。テレビの最高視聴率は21.8%。「スクール☆ウォーズ現象」は、なぜ起きたのか。40年以上経った今、社会学的な見地で現象を紐解いてみるのも有益かもしれません。
山口さんの教え子は多士済々です。平尾誠二さん、大八木淳史さん、細川隆弘さん……。そして日本代表が2019年W杯日本大会で初のベスト8入りを果たした際のメンバー、田中史朗さん、松田力也選手(トヨタヴェルブリッツ)……。
5月30日に東京・秩父宮ラグビー場で行なわれたリーグワンプレーオフ準決勝は、京都工学院出身のスクラムハーフ上村樹輝選手(コベルコ神戸スティーラーズ)とウイング尾﨑泰雅選手(東京サントリーサンゴリアス)の2人が、喪章を付けてプレーしました。
試合後、プレーヤー・オブ・ザ・マッチに輝いた上村選手は「大学時代、腐らず頑張れたのは『信は力なり』の影響があると思います。今でもこの言葉を大事にしています」と山口さんへの思いを口にしました。
尾﨑選手もリーグワンを通じ、こうコメントを出しました。
<山口先生は伏見工業を作った人だと思っています。そこに入ってラグビーが出来たことを誇りに思っています。直接教わることは少なかったですけど、山口先生が元気にグランドの周りを歩いている姿が今でも思い浮かびます。これからも「信は力なり」を胸に刻み頑張っていきたいと思います>
「信は力なり」とは、山口さんの座右の銘です。自分や仲間を信じる想いが、無限の力を生むという意味です。
山口さんに薫陶を受けたのは、同校の出身者たちだけではありません。日本代表元主将の林敏之さんもそのひとりです。林さんは徳島・城北高時代、オーストラリア遠征に臨む高校日本代表メンバーに選ばれました。コーチが山口さんでした。
当時を振り返り、林さんはこう語っていました。
「山口先生との出会いは大きかった。遠征最後の晩、山口先生に『おい林。外国人相手に通用しとったのはオマエだけや。5年後、10年後、オレの後を継いでくれ。青春時代に一つのことをやり続けるのは素晴らしいことだよ』と言っていただいた。僕は泣きながら先生に抱きつきました。その日の日記には『ラグビーは素晴らしい。これからも続けていこう。苦しくても悲しくても、大学に行っても続け、いずれは日本代表になりたい』と綴りました。自分に夢や目標を持たせてくれて、可能性を引き出してくれた方です」
林さんは現役引退後、NPO法人ヒーローズを立ち上げ、小学5、6年生によるミニラグビー(9人制)大会「ヒーローズカップ」を2009年にスタートさせました。ラグビーの育成・普及に尽力する姿は、若き日の山口さんを想起させるものです。
いずれにしても、「信は力なり」の山口イズムは、今後多くのラガーマンが継承していくことでしょう。
データが取得できませんでした


以下よりダウンロードください。
ご視聴いただくには、「J:COMパーソナルID」または「J:COM ID」にてJ:COMオンデマンドアプリにログインしていただく必要がございます。
※よりかんたんに登録・ご利用いただける「J:COMパーソナルID」でのログインをおすすめしております。