
来季(2026-27シーズン)に向け、リーグワンの各チームが選手やコーチの退団、引退を続々と発表しています。動きがあるのは選手やコーチだけではありません。元プレーヤーで、まだ36歳のレフリー滑川剛人さんが今季限りでの引退を発表しました。
滑川さんの最後の主審担当試合は、5月31日に東京・秩父宮ラグビー場で行なわれたリーグワンプレーオフ準決勝、埼玉パナソニックワイルドナイツ対クボタスピアーズ船橋・東京ベイ戦でした。通常、試合後は対戦チームの記者会見が行なわれますが、この日は、その前に滑川さんの会見が設けられました。
26対24でスピアーズがワイルドナイツに勝利した試合を裁いた滑川さんは、主審としてのラストマッチをこう振り返りました。
「僕のポリシーとして、試合はラグビー選手がつくるものなので、レフリーが関わらないのが一番いい。本当に選手が素晴らしい試合をしてくれて、今日の結果になったと思っています。本当にラストのシーズン、僕なりに楽しめました。ただ、僕の中でレフリーが楽しむということと、(レフリングへの)評価は違う。いいレフリーと楽しいレフリー、みんなに認められるレフリーは、必ずしも一緒ではない。それを理解した上で、今日の試合を楽しみました」
スクラムハーフとして、2009年度からの帝京大学の全国大学選手権3連覇に貢献した滑川さんは、12年にトヨタ自動車に入社しました。20年に選手とレフリーの“二刀流”に挑戦し、22年6月から専任となりました。
31日のリーグワンプレーオフ準決勝。後半36分、12対26で14点差を追いかけるワイルドナイツがトライエリア内に攻め込んだシーンです。滑川さんはTMO(ビデオ判定)の末、ノートライながらスピアーズの反則を取りました。ペナルティトライを宣告してもおかしくはない場面でしたが、ここはスピアーズの反則の繰り返しによるイエローカードにとどめました。この判定について聞かれると、滑川さんは「自分の判断、自分のチームを信じた結果」とスパッと答えました。
滑川さんは24年のU20ジュニアワールドチャンピオンシップ決勝や国外のテストマッチでも笛を吹きました。順調にキャリアを積んでいるように映りましたが、本人の考えは違っていたようです。
「僕が目指したのは、2027年のW杯で笛を吹くこと。それはアシスタントレフリーでも、TMOでもない。2027年のW杯レフリーしか目指していなかった。そのために、僕はいろいろな人の犠牲の上で挑戦していた。例えば、小さい頃からレフリーを務めている人たちの場を、僕がいただいていたと思っています。リーグワンの舞台は1、2年で(笛を)吹ける舞台ではありません。僕が2027年のW杯レフリーになることが、遠のいたのであれば、続ける資格はないと思い、自ら身を退くことにしました。僕なりにレフリーに対する尊敬のかたちを取らしていただきました」
フィールド上での毅然とした態度同様、身の退き方も潔いものでした。ちなみに日本人でW杯の審判を務めたのは過去4人。主審は齋藤直樹さん(95年大会)ただ一人です。
リーグワンでベストホイッスル賞を4季連続受賞している古瀬健樹レフリーは、滑川さんについてこう語りました。
「彼は27年のW杯を目指してずっとやってきていたし、努力をしていた姿も知っています。最初は英語がゼロに近いような状態から始まった。レフリーでキャンプをしているのですが、部屋で英単語帳を使って勉強している姿を見ていました。“アイツが言っている単語がわからないから、教えてくれ”と、電話がかかってきてこともありました。表には出ていないところで、彼は裏でいろいろなことを経験、勉強して頑張っている姿を見てきた。そういう彼のプロフェッショナリズムを尊敬します。新しい文化を築いてくれたのは、大きな功績だったと思います。海外遠征にはもう10カ国以上も一緒に行きました。来年いなくなるのは寂しいですが、またどこかで一緒にできることを楽しみにしています」
後輩も育ってきています。代表的なところでは三重ホンダヒート所属の近藤雅喜さんです。今季のリーグワンでは、滑川さんとともにレフリーパネル(選抜・登録されたレフリーグループ)に選ばれました。
滑川さんはかつて、「2023年、27年のW杯にレフリーとして、もちろん主審として立つことが自分のゴールであり、使命だと思っています」と語っていました。叶えられなかった夢は後輩たちに託されました。
(取材/杉浦泰介、構成/二宮清純)
データが取得できませんでした


以下よりダウンロードください。
ご視聴いただくには、「J:COMパーソナルID」または「J:COM ID」にてJ:COMオンデマンドアプリにログインしていただく必要がございます。
※よりかんたんに登録・ご利用いただける「J:COMパーソナルID」でのログインをおすすめしております。